第43話 土のおくすり~アルビオン連合王国~(5)

 木造の小屋。無骨ぶこつだけど、立派な家だ。

 よく見ると、天井のはりや柱もしっかり固定されており、周りの配管も上手い事、頑丈そうな壁に繋がっている。

 農地の主人は手先が器用で、今、私が座る椅子や机も手作りしたようだ。


 お客さんゲストとして、私たちは、主人にもてなされた。

 皿に注がれた薄い味の芋スープを飲んだ。

 何だか、フランシスの隠れ家での貧困スープを思い出す。懐かしくも寂しい味だ。

 机の下で、アルトが喚いていた。スープが美味しくない、と言いたいのはわかる。

 相棒の方が正直者なのに、空気に飲まれた私は口を結んだ。国の役人さんへの態度と違い、一般の農家さんに厳しいことを言えない。

 まだ経験不足。なかなか良い言葉が見つからず。目が泳ぎ、室内を見渡す。

 期待の目を向ける成人男性の家主に、取りつくろうように私は言った。


「もてなし……ありがとうございます。主さん、去年の秋はすぐ寒くなりましたね。農作物は大変だったのではないでしょうか?」

「あ、そうだな……」


 去年の秋頃の私とアルトは、ダイエット食で奮闘中だった。

 特に、贅沢ぜいたくな食事はしていない。

 だが、その後に立ち寄ったノルドで、アルビオンの食糧しょくりょう事情は知っている。

 マリィ、私は、嘘が苦手。大人のように、上手く立ち回れないし、お喋りも下手な小娘である。

 出て来た言葉も、正直すぎた。


 半端な返事をされる。あぁ、失望させてしまったか。

 家主である男は、うんざりした目で、奥の机にたまった書類の山を見た。


「農業の上手い兄貴でさえ、下手くそな俺に、肥料を借りていく有り様だ。農業の器具を改良しても、この最悪な土の状態では、俺のような素人じゃどうもならなかった」

「手先が器用なんですね。この小屋にあるものは、全部、主さんが作ったんですか?」

「あぁ、俺は元々、海軍の技師だった。物づくりは得意さ。だが、農業は天気や自然の条件を、また一から勉強しないといけないだろう。俺は自然に愛されていないようだ」


 ため息をつく、男は落胆していた。

 製造や加工が得意である工業系の職人が、農業をやっている余裕がまだ世界にはない。私の国でも、職業の適性は考える。

 アルビオンは、職業に対して能力を活かせない国民が多いのだろうか。もはや同情しかない。

 私も、アルトも、彼にあわれみを覚えた。


 ムッとした顔で怒ったのは、女王の側近であるリーフさんだ。

 リーフさんは、現状は知っているが、建前で反応したようだ。だから、その口調も本気ではない。


「異国の客人の前だぞ。失礼ではないか」

「俺だって、それは分かっていますよ。ただ俺の兄貴のように、西海の先にある新大陸から、食糧や武器の借用を求めた後方の軍人とは違うんですよ」

「うん、どういうことだ? よく話が分からないが、お前の兄は農業に詳しいのか?」


 たどたどしい丁寧語で、話す元海兵の男主人。

 戦時中、この男のお兄さんは、軍の後方支援隊員だった。

 アルビオンが負けないように、西の海の向こうにある新興国家から、戦時下の貸与法たいよほうに基づいて、国際援助えんじょをもらっていたようだ。

 その裏方な仕事をこなしつつ、その国で新しい農業法を学んできたらしい。


 帰国兵に優秀な人材がいれば、国の復興も良い感じになるはずだろう。

 つまり、彼のお兄さんは、農業に詳しい。それは明るい話だと、私は思った。

 去年、お兄さんが、彼に求めた借用書の山を私も見る。


「その借用書、拝見させてもらってもいいですか。何を、いつ、どれだけ、借りたのでしょうか」


 私は嫌な予感がした。

 椅子から立ち上がる。男に聞いて、その紙を1枚ずつ見ていく。


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