第42話 土のおくすり~アルビオン連合王国~(4)

 夏だが、肌が焼けるほどの陽射しもない。程よい気候は、私たち西方大陸の人間たちが、快適に住める要件だろう。

 現に私は、ローブを羽織っても、それほど暑さに苦痛でない。

 リーフさんは、飾りっ気のないサマースーツスタイルに着替えていた。代謝が良い彼女には暑いようだ。


 私たちは、王族が所有しているバーム宮殿へ向かっている。

 その道、馬車の中で、私たちに本当のことを教えてくれた。


「この国の景観は外からの見た目を良い感じにしただけ。海外の国々との外交に、最も尽力した。連合の所属国家たちに反乱されたら、本国がおしまいだからな。そして、海の主権を完全に取った。だけど国内、大地の上で働く者たちは能力関係なく、ものすごい早さで振り分けられた。その結果、農地を見てくれ」

「緑もあれば、茶色い場所もあるような……よく見ると、まばらですね」


 全部がキレイな農地ではないのだ。ただ農業の難しさは、土地柄もある。

 フランシスやハイネスほど、日照時間に恵まれず、安定した西方気候の中でも、若干の不安定さがある北国だ。

 それと戦後からの期間を考えれば、よく復興したと私は思える。


 のどかな牧草地に牛たちが歩いている。そして畑もある。

 すぐに、馬車が止まった。私たちはドアを開けて、地面に降りた。

 目で風景として見るより、現場の地面に触れた方が早い。

 意外と人の盲点は、足下だ。地面そのものは、あまり触れないのだ。

 私は、しゃがんで手の指で土くれをつまんだ。

 ローダムの潮風で乾いた薄茶色の土より、ひどい質かもしれない。北国の天候以外に、かつての戦争の影響を感じてしまう。

 薄茶色というより、色素が薄すぎて、白い土だ。良く表現しても、薄い赤色した土か。


 おもむろに、私は白っぽい土をかじった。


「うえッ、パッサパサな砂」

「有害物質を除こうとした結果、未熟な白い土が残ったようだ」


 リーフさんは、淡々と言い捨てた。

 これでは、産業革命前の農政成功が帳消しだ。

 先祖代々積み重ねてきただろう、深い茶色や黒い色の農地、肥沃な大地は失われたようだ。

 私はがっかりした。別の色、赤い土をすくってかじる。


「うえッ、臭い。酸っぱい」

「水を弾いてしまう赤土だ。酸っぱいのは鉄鉱石の成分かもしれんな」


 普通、大分掘らないと見えないはずの原始的な土が見えている。

 病んだ土を上から除去し過ぎた。

 保水力のある茶色、最高に優秀な黒色、といった良質な土は無いのだろう。

 こんな場所では、麦も芋も……食材が育たない。

 材料が貧しいと、出来た黒いパンは恐ろしい味がする。その上、高額だ。


 それでも、お師匠はやせ我慢して食べていた。

 食に厳しいフランシス人は、お師匠だけでなく、もちろん私もだ。

 この農地を見て、私が何も思うことがないはずない。

 感情が高まりやすいフランシス人は、今の怒りと同時に、未来に向けて何とかしようか思うのだ。


 アルトも私に倣って、土をかじった。

 私の相棒には、耐え難かったようで、盛大に吐いた。嘘は良くないけど、ちょっと過剰反応じゃないかな。

 渋い顔の私は、リーフさんを見た。


「この土では、収穫する食べ物も弱々しいでしょう。それを口にする、国内の労働者のやる気は下がる一方でしょう。今の見た目だけ良い状態では、いずれ諸外国に、労働者の生産力で負けますよ」

「あぁ、その通りだ。この国の土は貧しい。だが、偉大なる王族の姪である、君なら良いアイディアを持っているんじゃないか?」


 真顔でリーフさんは、私に問いかけた。

 んん? 私は眉を上げた。

 フランシス王やアルビオン女王は、私にどんな仕事を依頼したのだろうか。それ自体、まだ分かっていないぞ、私。

 まさか、この農地改革の案を出せ、とか?

 私の渋い顔が、酸っぱい顔にもなる。顔のパーツが、キュッと真ん中に狭まった。

 その顔で疲れていると思われたらしい。

 リーフさんは馬を休憩させ、私たちも近くの農場主の家で休ませる手はずを整えてくれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る