第28話 火のおくすり~神聖騎士国ハイネス~(8)
数日後、彼女は兄の補佐として、議会の場に立ったのだ。
調査報告書を学者として読む仕事だ。
それを彼女は全くやる気がなかった。
書いていないことを、口から出す。数十年間、溜めた怒りだ。
「100年間も我々は愚かにも戦争をしました。優秀な騎士や魔法使いは皆死に、宗教は人々の心の支えにならず、商人はいまだに戦争を売り物にします。……なぁ、これが国の復興か? あと何年かかる? 将来はどんな国に生まれ変わるのだ?」
兄が顔色悪く、彼女を見ている。
議員たちは怒った。これまでの復興の全てを否定されたからだ。
彼女は醜く笑った。この話は勝ち負けじゃないぞ。
「エルフが成人に育つまで、100年間だ。私が今ちょうど100歳。貴様ら大人は、私たちに何を教えてくれた? 次のエルフが大人に育つ頃には、ハイネス国は不毛の大地だぞ?」
議場からあいつをつまみ出せ。そんな野次が聞こえた。
潮時か。
彼女は目を見開いて、議場に鳴り響く声で叫んだ。
「今は戦後だ! 全てを失いかけた後だ! 人材、技術、知識、何1つ残っていない! のんきに話し合いは止めろ! 無いなりに国内のゴミを全てかき集めろ! ヒトとエルフの子らよ、今我々がするべきなのは、鉄血を流してこの国を立て直すことだ!」
議員たちは絶句した。
議長ですら、失神しそうだった。
彼女の話、議事録を書いていた役人の手だけは動いていた。
優しすぎる兄は、この恥から体調を崩し、しばらく寝込んでから亡くなった。
葬儀に出た彼女は、少ない親族たちから絶縁された。
それでも泣かなかった。逆に、親族を怒鳴り飛ばした。
「巨悪とは私のことだ。生き長らえて、国を作り直すのは、この私だ」
その悪の美学が生まれた、あの幼少期の事件を彼女は思い出す。
幼い彼女が斧を持った時、小悪党たちの心情を察してしまった。戦時下で、彼らも生活が苦しくて、愚かな行為を続けていた。
泣きわめき、神に祈るように、また生きることを小悪党たちが願った。
最後の1人の首をはねる前に、彼女の心は悪に染まった。
悪い奴は私1人だけで良い。
一方で、ハイネス国内が揺れていた。
中央議会で最底辺のエルフ発言で、国内の生存者たちに火が付いたのだ。
その彼女の補佐発言は『鉄血エルフ演説』と呼ばれた。
元々容姿の悪さ、素行の悪さがついた女エルフだ。
その上、口も世界一に悪かった。
3劣の極み。
彼女の存在は、生きる希望を失った国民には劇薬すぎた。
あまりにもひどいので国内に置けず、フランシスやインペルといった他国の外交官として、彼女は飛ばされることになった。
この『3劣の鉄血エルフ』を最悪な合理主義者と見抜いたのは、この時代の王であったガウだ。
ガウ王。100年の戦乱の後に、唯一男系で生き残った王族だ。生き残ることにかけて、この王は鼻が利いた。
議事録『鉄血エルフ演説』を読んで、王は1人だけ大爆笑した。
笑いが落ち着くと、おもむろに口を開いた。
「神は最後の天才をこの世に呼んだ。鉄血エルフも俺と同じく未来を見ているのだろう。うむ……メドラを宰相として、神聖騎士国ハイネスは迎える!」
耳を疑った重臣たちは、ひっくり返りそうだった。
戦争に行かず、身内の不幸に逆上し、議会演説後も全く改心しなかった。
まさに悪魔のようなエルフだ。
その真意をすぐ、王に従者長が聞いた。
「あの3劣のエルフを宰相に! 国の復興計画が全て吹き飛びますよ!」
「100年の戦いで、もう全て吹っ飛んだはずだぞ? 国内のゴミとやらを全て集めるしかないのだ。今更、地に埋めるな。掘り起こして、ゴミを全て燃やせ!」
使える者は全て使え。
ガウ王の命令は絶対だった。
重臣たちは、メドラたち下位に埋もれている者たちを根こそぎ、中央議会へ呼んだ。
思想が危険で牢屋送りにした者。上司に盾突いて地方に飛ばされた者。戦時中では、全く価値のない才能で田舎に隠れていた者。
奇人変人を国内から全てかき集めた。
埋めるな、全ての者を燃やせと、王が言ったからである。
それを大規模な下位者の処理だとしか、彼ら重臣も思っていなかった。
その思い違いが、低成長だったハイネス国を前へ動かした。
フランシス国からドラゴンで帰国したメドラは、全てのヒトや亜人たちを平等に扱った。
最初に試験を行った。そして残った者たちを、職務振り分け試験をした。
彼女は100年間を使い、復興物語を書いていたのだ。
どうせ採用されないだろうと、新しい国の仕組みをあらゆる観点から考え、書き記していた。
これで、上位者と下位者が入れ替わったわけではない。メドラ宰相の好き嫌いでもない。
本当に、奇人変人の中央議会が出来た。
ついでに、国軍、裁判所は独立した。
メドラは基本、戦嫌いだった上、短気で処罰を与えるのを公正に出来なかったからだ。
ガウ王がいて、その下に3役がついた。政治を宰相メドラ、別々に軍部長官と裁判所長官だ。
妙な仕組みだった。3本柱が王を支える国なのだ。
2人の長官それぞれと、ガウ王は、何度も彼女に聞いた。
「あぁ、政治が一番まともに、出来そうだと思ったからです。司法と軍事は私の才覚では出来ません。申し訳ございません」
向いている仕事をする。メドラのやり方に、王たちはうなずいた。
職業の適正検査は、学生たちやすでに社会に出ている大人たち、全ての者に20年間のうちに敷かれた。
職人と学生のコンビで働く、徒弟制度になると目覚ましい前進を見せた。
経済工業国として科学技術が発展して行った。
一方、学者たちに現地で調査をさせたが、魔法や騎士の前時代のやり方に戻すことは出来なかった。
前時代の方法が失われたのを、メドラ宰相は3日間落ち込み続けた。
毎日、黄色い瞳から大粒の涙を流したのだ。
「私の大きな罪は、前時代の遺産を次世代へ渡せなかったことだ」
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