第27話 火のおくすり~神聖騎士国ハイネス~(7)

 穏やかで優しく、美しい姿のエルフは、戦嫌いで魔力が多い。

 そういう種族だと思われていた。


 彼女は真逆だった。

 120歳のエルフ。ハイネス国の宰相メドラ。


 見た目が粗い。これが一番、メドラが目立つ理由だ。

 濃い褐色肌で、銀髪をなびかせ、黄色い瞳は釣り目、エルフらしい長耳は鉤形なのだ。

 漆黒の遊牧民装、いわゆるズボンタイプを好む。いつも動きやすい格好をしている。

 

✝✝✝✝✝✝✝✝


 ハイネスの田舎領主の生まれの彼女は、生い立ちは散々だった。

 彼女が物心ついたときには、100年戦争も末期だった。

 泥沼の戦争は国と国の争いではなかった。同じ国でも考え方の違う者同士は常に戦っていた。

 生き残った者たちも、息をするのがやっとの状態だった。

 ヒトも物資も食糧も、何もない。

 地方の役人は、農民の反乱にも手が出せない状態にいた。


 美人のエルフたちは、滅亡に近い状態だった。

 だが、幼い彼女は容姿が醜かった。その上、連れ去られた兄を救うために、斧を持って戦いに行くくらいだった。

 当然、貴族の女性にとって、大事な求婚の機会は皆無であった。


 すでに村ではお荷物扱い。

 そんな彼女も、戦争末期、学生になった。

 魔法使い、学者、役人、騎士など、戦時中の職業に全く興味がなかった。

 学業は最下位。エルフは成長が遅く、かつ学生期間も長い。


「斧を持って兄を救ったエルフの女だろう。なぜ戦おうとしない。ただ飯食いが!」

「兄を救うときに、斧を振るいました。分かったんですよ。戦いは私に向かない」

「貴様を戦地に送るぞ! 最前線だ! その腐った気持ちが変わるだろう!」

「……」


 良い大人に脅されて、彼女は震えて泣いた。

 旧体制の教師たちや学生たちは、点数でしか彼女を判断しなかった。

 教科書を汚され、道具を隠され、勉強で点数を取れないことで、彼女は馬鹿にされた。

 下位者は気づいた。

 脅した大人が戦地に向かうのが決まると、彼女は陰で笑っていた。

 ある日下位者の1人が、彼女の罰を見ていた。そこで声をかける。


「手が震えるフリですよね?」

「いいや、私は刃物も銃器も魔法も扱えない無能だぞ」

「じゃあ、何で薪割りの罰を黙々とやっているんですか?」

「本当に殺すべき者を私は誰か知っている。そいつ以外は殺さないと、兄を救った後に自分自身に誓った。他人を殺せない私は、軍人に向かないんだ」


 罰の薪割りを10数年続ければ、彼女の筋力は上がっていた。

 短期で能力をつけすぎない計算である。

 病人や老人・子供は、戦地行きを免れていた。

 彼女は病人を演じていた。場合によっては、病欠のフリをして、病名の診断書も偽造した。


「そこまでして生きたいのですか。戦いの後は地獄の世ですよ?」

「この狂った病人の私を必要な時期を待っている」

「意味が分かりません」

「1つだけ答えを教える。私を殺すのは私だ。国も戦争も、何人たりとも私を殺させない」


 下位者たちも、彼女の態度には、お手上げだった。

 ついに、上位者も下位者も誰も彼女を見なくなる。


 優秀な者は若くても、どんどん戦地へ向かった。そのため、ハイネス国の人口は減少の底にいた。

 100年の戦争が停滞したのだ。

 フランシス国の老王が倒れ、次の王が立つまでの間、大きな戦闘が止まったのだ。

 アルビオン連合王国でも、一般人たちが戦争反対運動を起こし、国内の動きで手いっぱいになった。

 ハイネス国内の学生たちは、辛抱した期間が報われたと静かに泣いていた。

 

 それでも、ハイネスの王族同士の殴り合いは続いている。

 誰が勝つかで、学生たちは掛け合いをしていた。

 まだ戦争中で浮かれるには早いと、彼女は思っていた。


 上位者と下位者に分かれる職業社会。その縮図の学生たちは、今しか見ていない。

 きっと同じ過ちをくり返す。

 最底辺から上に立つ者を、彼女はよく観察していた。

 この当時の上位者は、前時代の下位者である。それだけ能力を持った人類が消えた。

 魔法使いもせいぜい火を起こせる程度。騎士は格闘術が強い程度。学者は歴史を顧みず机上で弁論。役人も口約束で決まった業務だけだ。


 国内の戦いも下火になる。

 それでも彼女は思想を広め、仲間を集めて、上位者に反乱をしようとは思わなかった。

 ただ怒りやすいと他人から言われやすい彼女は、『絶対に生きること』を支柱にしていたので、ものすごく生命力があった。

 そのために他人への良心や道徳心も、場合によって捨てた。


 停戦か終戦条約かで、世界がもめていた。

 その中、彼女は地方役人として、つまらない仕事に就いた。


 戦地から帰って来た兄エルフが、中央議会へ呼ばれたらしい。

 彼女とは違い、美しいエルフで、知恵者として弁が立つ。

 その兄でも復興委員会は強敵だった。全く話を聞いてくれないのだ。


 彼女は役場でも、薪割りをしていた。

 そこに火種として、困り顔の兄が転がり込んできたのだ。


「薪割り役人のお前に頼むことか分からない。同じ生き残った者として、国に物申したくないか?」

「大丈夫です。私を殺すのは私以外いません。議員たちでも、私を殺せないでしょう」

「君は学生期間が長すぎた。俺の妹ながら、頭のおかしいエルフになったね」

「私に奇人変人は褒め言葉ですよ、兄上」


 生に執着した果ての笑顔。あの戦時下で誰も殺していないはずの妹はこわかった。

 兄は背筋が凍るようだった。

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