第24話 火のおくすり~神聖騎士国ハイネス~(4)
蒸気機関車を降り、駅舎に立った私には、全てが強すぎた。
ヒトの熱だろうか。鉄の熱だろうか。すごく暑い。
それにチカチカと光り、かすみがかった空気が重苦しい。
その空気を吸うも身体の中に入ろうとしない。むしろ、拒否している。
咳こんだ上、私はめまいを覚えた。一緒に降りていたアルトが、足下で心配そうな声をあげる。
停車作業を手でこなしたブラウンが降りてきて、ちょっと心配そうな声で私の身体を支えた。
「あらら、機関車に酔っちゃった?」
「時代の変化って、こわいわね。私が読んだ本はもう古いみたい」
「うーん、そっか。おれ、汚いエルフでごめんな」
「ブラウンは悪くないわ。私が勉強不足だったみたい」
強すぎる驚きで身体が拒否を起こしている私。両耳が下がるブラウン。
火を落ち着かせてきた親方のガレスさんは、私たちの姿を見てから、悩んでいた口を開く。
「弟子たちよ、嘆くな。わしらは火を見つけ、巨大な生き物に勝つ術を見つけた。弱者を強者にする魔法が火なのだ。火を前に変わらない命はない」
「親方、おれはその意味がちゃんと分からない。でも、マリィなら何か見えるかもしれない」
火の行く末。
人類を強者に。鉄を作り直し。景色を変え。空気を壊した。
エルフ・ブラウンの腕が少し筋肉質で、それも現実感を逆になくしている。
初めて、不安な世の中だと私は思った。
「未来を知るのがこわい」
「クロウドはヘレノの街を見て何を思ったんだろうなぁ。マリィと同じかなぁ」
お師匠クロウドは、この交通の中心地に必ず来たはずだと、ブラウンはのんきに言った。
そして、何かを考えて、何かを探して、今もハイネスのどこかにいる。
ガレスさんは、野太い声で笑った。
急に笑うものだから、私たちは驚いた。
「がっはっは!」
「な、何ですか!?」
「お嬢ちゃん、賢者クロウドの弟子だったのか。たぶん奴がいる場所は分かる。しかし、そこへ行く前に、アイゼン工業地帯を見ていくと良い」
「アイゼン工業地帯?」
ガレスさんは、お師匠と知り合いのようだ。
その前に見ていくと良い場所、アイゼン工業地帯って?
私が首を右横にかしげると、何故かブラウンは冷や汗を顔や首筋にかき出した。
口をとがらせて、私は目を細める。
「う、激ヤバ……」
「そんなに行きたくない場所なの?」
「あんな不味い空気の場所があるかよ! 何だよ、親方! おれに連れて行けっていう目は止めてくれよ!」
無言の圧力。
ドワーフの目力は強い。
ブラウンは半べそかきながら、ガレス親方の指示に従った。おそらく半分、逆ギレだ。
「分かったよ、親方ぁ……」
「ひ弱なエルフの身体じゃ不安だろう。まぁ後で、追加の保険料は出してやる」
「からかうなよ! おれだって60歳だぜ!」
「エルフは100歳で大人だろうが……。お嬢ちゃんのベビードラゴンは、わしが預かっていいかい?」
幼獣のアルトには、危険な場所なのだ。散々、駄々をこねてうなっていたが、かごに入れられて観念したようだ。
ガレスさんは、別の機関助士を捕まえて、第2首都ケーニグへ鉄道で向かった。
✝✝✝✝✝✝✝✝
ガレスさんたちを見送って、やや経ったヘレノ駅のプラットホームだ。
「あぁ、コーネ行きの蒸気機関車が来た……」
ブラウンの不幸を嘆く声で、私も機関車の進行方向が分かる。
コーネ行き。つまり、アイゼン工業地帯へ向かう。
私たちは、折り返してきた別の蒸気機関車に乗った。
ブラウンの顔は、本気で泣き出しそうだ。
エルフの耳が限界まで下がっている。大きい身体を丸めて、席に座っている。
夜がこわくて震えるヒトの子供みたいだった。
震える彼女の手を握って、私は隣に腰を下ろした。
ハイネス国の父なる川『ステル川』沿いを走る蒸気機関車。
窓から景色が見える。
私はその川の色を見て、顔をしかめた。フランシス王都パレスの下水よりひどい色、川の流れが赤褐色だったのだ。
(想像以上の光景ね。本や彫刻が見せる地獄よりひどいわ)
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