第23話 火のおくすり~神聖騎士国ハイネス~(3)
ガレスさんは機関士だ。いわゆる蒸気機関車を動かす仕事をしている。
薄い毛髪と、濃いヒゲ。身体は小さく寸胴だが、筋肉でしまっている。鋭い眼光は、火の釜から絶対にそらさない。スコップで炭を入れる手はずっと動いている。
まずは私たちのことでなく、ブラウンに指示を出す。
「おい、駄目エルフ。お前が始動させろ。動いた後は魔導制御にしておけ。お前の少ない魔力でもできるだろう。ただし、デカブツの魔法を解き、手で停めるときだけ気をつけな」
「いつも、炭入れはおれだろ。どういう風の吹き回し?」
「さっさと仕事につけ! 出発だ!」
「ういっす!」
すぐに、ブラウンは運転席に座った。
汽笛を鳴らし、発車合図を出す。
機関士は蒸気機関車を運転する。機関助士は火釜に炭を入れる役目をする。
この仕事は狭い機関室で2人1組のペアだ。
そして、困った顔で立つ私に、ガレスさんは不愛想に言う。
「お嬢ちゃん、機関室は狭くて暑いが、とりあえずここに入れ」
「し、失礼します」
私が車内に入り込むと、蒸気機関車は走り出した。
アルトが私の肩から飛び降り、口に言葉を出して安全確認しているブラウンの肩に乗った。
その言葉通りに、ハンドルを動かす。
ハンドル、レバーの操作だけでなく、たくさんの計測機器をいちいち確認するのも、機関士の仕事だ。
蒸気機関車の操縦では、魔法をほとんど使わない仕組みらしい。
その反対側。
席に座る私の目の前で、火の番をするガレスさん。
石炭の入れ方もコツがある。その巧みな仕事を、私は目で追っていた。
ガレスさんは、決まった場所に炭を投げている気がする。
すぐに職人も見学者の視線に気づく。
「物覚えの悪いエルフとは違うな。お嬢ちゃんはもう気づいたかい」
「ブラウンには悪いですけど、炭が上手く燃えるように入れているんですね」
「そうだ。この火釜がこの鉄の車の心臓さ。ちょっとでも運転士の操縦とタイミングがずれれば脱線、最大火力で走らなければ次の駅の停車時間には間に合わない」
「新しい空気を送りつつ、炭を効率力燃やす。その力で何かを作り、動かしている。あの黒い煙は……蒸気?」
「かっかっか! 魔法使いは、そういう仕組みを見抜くのは一流だな!」
蒸気機関車は、その名の通りだ。
石炭を燃やし、その熱でボイラー室の水を沸騰させ、その蒸気を貯めて一気に放出するのだ。加速した蒸気の圧力はピストンを動かし、連動した車輪を回転させる。
こんな大きい鉄の車を動かすのが、魔法でなく、暮らしの中で使う火と同じだ。
これが科学技術の力だ。
魔法を失いかけた人類たち、亜人類たちがたどりついた別技術。
私は瞳を震わせていた。
まるで夢のようだ。
アルトは入口付近で丸くなって寝ている。
ブラウンの作業が落ち着いて見るものがなくなったらしい。
そんな猫みたいに寝る、ドラゴンの子供を見て、私は冷静になる。
こんな大きい鉄の塊を動かして出た黒い煙。
石炭を燃やして出たススの臭いを思い出した。
この臭いを空気中に大量に出すわけだ。
よどんだ空気の流れ。火から出た黒い煙がただよう場所。
その集まった場所、工場地帯。
私の輝かせた瞳は、急にくもった。
その反応を見て、ガレスさんが静かに目を閉じた。
「魔法使いは、かしこ過ぎるか。確かにこのデカブツを動かした代償はあるさ。ミンクの外の空気を覚えているか。次の街はヘレノだ。空気を吸えば、その違いが分かる」
「ヘレノ。宗教都市ですか?」
「いいや、急速に増えた人口がわかる経済工業都市だ」
ハイネスにかつてあった自由都市の1つが宗教都市ヘレノ。
騎士国の王が選ばれる神聖な場所であった。
この地は私の国フランシスともかかわりがあった。
100年間の戦争が全てを壊した。
ヘレノ経済工業都市。これが今の姿だ。
鉄道を走る蒸気機関車。
巨大な中央駅に入るまで、増設された橋や上下水道、食肉工場や化学工場、印刷場など様々な工場が見えた。
35万人都市だそうだ。それだけの住民たちと労働者たちがこの街にいる。
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