第22話 火のおくすり~神聖騎士国ハイネス~(2)

 ここはハイネス国ミンクの駅舎だ。

 駅と言うが、ちょっと意味合いが違う。

 私が見たのは、生きた馬ではなく、鋼鉄の塊だった。


 暗い蒸気を吐く、巨大な鉄の荷車だ。

 その車体を後ろ側から、私は見ていく。

 まがまがしい漆黒の姿で、細部の機関から灰色の湯気を上げている。そして先頭の煙突から黒い煙を出す。

 正気の沙汰じゃない。私は戦いの武器と勘違いして、青ざめた顔をした。

 アルトの警戒心は最高潮だ。威嚇した声を上げている。


 少年のように目が笑っているブラウンは、右手の指で鼻を押し上げる。

 この娘は、神話のエルフとかけ離れている。

 態度や言葉遣いに、美しさは全くない。でも、プライドが高くない。

 すごくヒトに友好的だ。やはり、昔物語のエルフっぽくない。


「な、スゲーかっこういいだろー。これがアルファ鉄道の名物、蒸気機関車さ」

「の、乗り物……。馬車とは違うの? 生き物に引かせていないし、何より大きすぎる。これ、どうやって動かすの?」

「へっへっへー。それはお楽しみに」


 乗り物と分かれば、恐怖感はない。私も安心した。

 目を丸くして蒸気機関車を見る、驚き顔のアルトは、もううなっていない。

 お利口さんなので、私はかがんで、彼の頭をなでた。


 私は立ち上がりながら、蒸気機関車の巨体を見渡した。

 たくさんの人を乗せて運ぶらしい。


 それでは、この巨体へ魔法による運動調整を続ける必要がある。

 それを魔術制御という。複雑な公式を使うので、術者の負担がたくさんかかる。

 運動の始めと終わりが難しい。

 嫌がるアルトに運動するように指示するのと、まだ走り足りないアルトを止めるのは、すごく難しいでしょう。

 私はしかめっ面だ。非効率な造りだなーと、初対面で思った。


 蒸気機関車が好きなのだろう。満面の笑みを浮かべるブラウンの後を付いて歩く。

 目の前で鉄道に乗り込む乗客たちは、人間、ドワーフ、エルフなど多民族だ。だが皆一様に、黒炭で顔も服も汚した労働者たちだった。


「鉱山にでもいくのかしら?」

「工場労働者さ。鉄を打ち直すんだよ。溶かして形通りにするのよ」

「鉄を加工するの!?」


 製鉄。説明は私たちの会話の通りだ。

 私の国、フランシスではものすごく技術のいる難しいお仕事の1つだ。


 不思議そうな顔で私を見る、ブラウンは軽々しく言っている。

 巨大な蒸気機関車を見て、スゲーとしか言わない娘だ。

 私たち価値観が違いすぎる。


 原因は、100年戦争後の復興の方法が違ったからだ。

 私のフランシス国は、昔と同じような魔法の国を作ろうと再建している。

 ハイネス国はわずかな年数で、新しい科学技術の国へ成長させていたのだ。

 2つの国で、科学技術の水準が違うのだ。


 魔法にかわる科学技術の登場。

 高次科学・産業革命という。

 鉄と汗で、科学技術の文明を築こうとしている国、それがハイネスである。


 戦争の生き残りやその子孫のエルフとして、ブラウンは今を生きている。

 悲しむ様子はない。

 過去を受け入れて、前に進もうとする光り輝く褐色の瞳だ。

 

「人間の騎士も、魔法使いのエルフも、みーんな戦争にかり出されて亡くなった。国に残ったのは、成長が著しく遅いエルフの子供だけだ。その中で、国を立て直したのが、メドラ宰相さ」

「魔法と騎士道を捨て、科学技術の国家にしたってこと?」

「そいつを教える人がいないんだから、仕方ないじゃないか。学校さぼっているから、よくわからないけど、先生たちは【いのべーしょん】とか言っていたぞ」

「イノベーション。私の知る世界より2歩以上先に進んでいるわ」


 今回の旅。刺激が強すぎて、私はいつも失神しそうだった。

 この時点で私の表情は、苦いものから考え込むものまで多彩だ。アルトのように怒るか様子をうかがうだけなら簡単なのに、考えるヒトは大変だ。

 そんな田舎者の私たちは置いておいて。


 祖先が森に住んでいたエルフの方が、環境の変化に敏感なんじゃないだろうか。

 しかし、ブラウンは全く動じていない。

 もしかして、かつての時代を知っているエルフがいないのかもしれない。

 歴史を忘れた先の未来には、私個人、得体の知れない不安がある。子供らしい言葉にできないこわさだ。

 のどまで出かけた言葉を私は飲み込んだ。

 今、ブラウンとアルトが振り返って、私を呼んでいたからだ。


 先頭に行くと、この鉄の車を動かす原理が分かった。

 黒い煙はススの臭い。

 炭を燃やしている。その熱エネルギーで、巨大な機関車を動かすのだ。動く原理はもうちょっと考えてみることに私はした。


 アルトはその炭のくべる者をただ見ている。ヒト型の亜種はエルフ以外の者もいるのだ。

 火釜のような場所に炭を入れている、筋肉もりもりの小人がいた。

 この種族は私も知っている。

 ドワーフだ。

 炭鉱で働く鉄を打つ職人。森で静かに暮らすエルフとは真逆。そんなイメージを私は持つ。

 ブラウンの態度や言葉遣いを見て、私は気づいた。


「ブラウン、あなたはドワーフと共生するエルフなのね」

「そうそう。おれの親方はドワーフ。親方ガレスは、アルファ鉄道の蒸気機関車を動かす専門家なんだぜ」

「2歩じゃない。この国、100歩先を行っているわ」


 ブラウンはエルフの女の子なんだけど。

 言葉遣いが、キザだと思った。それにヒトで言う男の人っぽくて。ススの臭いも、若干汚れた見た目も気にしないガサツさ。

 ドワーフの親方さんがいたなら、ブラウンが真似するのもうなずける。


 山のドワーフと森のエルフでケンカし合っているのは、もう過去の話か。

 孤児の頃に読んだ童話をなつかしむ私。

 次の瞬間アルトが驚いて、私の左肩に飛び乗った。


 その親方ガレスさんは、その小さい身体全体を使って、大声をあげたのだ。

 やはりドワーフの声は、怒っているように聞こえる。たぶん、そんなに怒っていないと思うけど。


「こらぁ、長耳の高身長め! 仕事をさぼるとは良い度胸だなぁ!」

「親方ぁ、声大きすぎるぜ! かわいい女の子の前だ・か・ら! 紳士な態度でお願い!」

「誰がお前をかわいいと思うかい! エルフののんびりモードを止めて、さっさと仕事を覚えろ!」

「違うってぇ! おれのお隣の娘ちゃん! 魔法使いのお弟子ちゃんなんだって!」


 身体は小さいドワーフ、手先の器用な職人が多い。

 職人は作業音に負けない大きい声を出す。

 だから、ドワーフは習性で大きい声だ。

 ガレスさんも、職人の良い手をしているし、例外なく大声だ。


 環境になれたエルフのブラウンも大きい声だった。

 何度目かの会話のやり取りで、ようやくガレスさんの鋭い目が私たちをとらえた。

 緊張のあまり、私は棒立ちになった。アルトが肩の上でバランスを取る動きだけしか、私は分からない。

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