第4章 火のおくすり
第21話 火のおくすり~神聖騎士国ハイネス~(1)
荷車を引く鳥頭の馬がいた。
その馬を操るのは、中性的な顔立ち、茶色い長めの髪、黄褐色の瞳は少年のように大きい、男装のエルフだ。
先ほど、ヴィネー国を抜けた。今、ハイネス騎士国の山道を、この馬車は進んでいた。
リガルさんたちに迷惑をかけてしまった。
私は箱の中で膝をかかえ小さく丸くなっていた。
ベビードラゴンのアルトが、私の手の甲をなめる。元気のない私が、心配なようで鳴いている。
この逃げ道を助けてくれた、エルフは眠そうな低い声で、箱に話し掛けて来た。
「ハイネスに入ったぞ。もう追っ手はない。警戒心の強いおれが言うんだ、間違いないさ」
私は箱のふたを手で押し上げて、そっと前方と後方を確認した。
アルトが先に出て、エルフの横に座った。
気まずい顔の私を見て、エルフは薄くニヤッと笑う。
「クロウドを助けに行くんだろう。妹分のマリィちゃんよ」
「うん……」
私の警戒心が解けないのを見て、エルフは少年のように屈託なく笑った。
アルトを避けて隣に座るように座席を手で叩いた。
「あはは、まず座りな。いきなり知らないエルフに、師匠の名前を言われて驚いたんだろう。おれはエルフのブラウンさ。珍しい
「お師匠の名前より、私の名前よ。ブラウンは、初対面なのにマリィだって、よく知っているわね」
「おれ、60歳だから、逆にクロウドが弟弟子なんだよなぁ。ついでに、リガルなんて、こんな豆粒の頃から知っている」
「ふーん、お師匠クロウドと兄弟子リガルよりえらいって言いたいわけ?」
ブラウンは話が平行線になって、苦笑いをして、尖った両耳を下げた。
ヒトの女の子に疑われて、ショックなのだろう。
その私がブラウンを信用していないのには、わけがある。
そもそも聖教会アンジェリから、ヴィネー国に入ったときだ。そのとき、リガルさんたちと別れ、1人で私は動いていた。
7つのコムニの闇勢力マフィアと、ちょっと複雑なケンカになったからだ。
何処までも追って来て、私とアルトを捕まえようとする、悪い大人たちから逃げるのは大変だった。
リガルさんが手引きした、このエルフのブラウン。そのおかげで今、私とアルトは逃げられた上、生きているのだけど。
エルフとは、長生き種族だ。
人間が100歳なら、彼らは400歳くらいまで生きる。
その分、成長スピードは人間の4分の1である。
つまり、エルフのブラウンは実年齢が60歳だから、割る4をした15歳が人間年齢だ。
えっと、でも、実年齢で60年間も生きているから。
私のお師匠が30歳で、リガルさんが20歳、私の12歳より、はるかに長く生きていることになる。
身体も大きいし、手足も長いし、容姿だってステキだし。ちょっとえらそうでキザな態度だけど、悪い人じゃなさそうだし。
考えすぎた私は、目を回していた。
下がった長耳は半分まで立ち上がっている。ブラウンは呆れた声だ。
「エルフの中だと、おれも子供だからさ。そんなに必死に分かろうとしなくていいぞ」
「でも、お師匠もリガルさんも信用しているし……」
「自分以外のこと分かる奴いるかよ。おれだって、まだマリィに隠していることがあるよ?」
「え、何?」
「おれは純エルフの女の子だ」
「はい? ……えぇぇぇッ!!」
マリィ絶叫。
私は目を回して、アルトに抱き付いた。
アルトのお腹は、ぬいぐるみのようにつぶれた。私の全力をおなかに受けたのだ。別の意味でアルトは驚いている。
もう何が本当なのか分からない。
低い声も、美しい見た目も、判断材用にならない。それに、ブラウンは男装をしていた。
ススの臭いが身体からする。炭鉱夫のような感じだ。
完全にピンと立った長い耳。ブラウンは少し怒った、赤い顔になった。ちょっと強めの口調で理由を言う。
さすがに、私の反応は失礼だ。すぐ謝る。
「エルフの女の子でも、自分に合った仕事をするのが、この国の良いところさ。たまたま、おれはエルフっぽくない労働をしているわけ」
「だから、スス臭い……あ、ごめん」
「あぁ、やっぱり外国人からしたら、おれ臭うかなぁ。ま、その話は、次の街に着いてからしようか」
「次の街って?」
馬車がちょうど山を越えたらしい。
そう話しながら口調が落ち着いてきたらしい。すでに褐色瞳の色が透き通っている。
ブラウンの中で怒りに折り合いがついたようだ。
恐れ知らずの私が尋ねると、道の宿場が見えて来た。
南の宗教都市ミンクだ。
風情ある建築物。教会は尖がった彫刻がたくさんついている。お菓子みたいにカラフルなオレンジからクリーム色の街並み。
石だたみも1枚1枚が同じ形で、職人技が光っている。
フランシスの女の子である私は、美しいを超えて、頑固な職人気質を街から感じた。
驚きを超えて、私は苦笑い。アルトが不思議そうに私の顔と街並みを見上げている。
「街が職人技ね……」
「あっはっは。ミンクは南部の宗教都市だから、まだまだハイネスの入口だよな」
「宗教の建物以上のものがあるって言うの?」
「くっくっく。あれを見れば、きっと驚くぜ」
私はフランシス国を基準に考えてしまう。
その外国人が驚くものが、ハイネス国にはあるようだ。
ニヤニヤ隠し切れない笑みのブラウンは、馬車から先に降りて、私の手を自然にとって支えになってくれる。
仕事次第で、エルフの女の子も、紳士的になるようだ。私は地面に降りた。
あれ。風にススの臭いが混じっている。
アルトが警戒してうなっている。煙を口から出して牙を向ける怪物には、ドラゴンの子供は敏感なのだ。
その臭いこそ、ハイネス騎士国が誇るものの正体だったのだ。
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