第20話 風のおくすり~聖教会アンジェリ~(7)
詳しく、私は話を聞く。
人間の量のおくすりを、2~3日間もガマンして、ガラハさんは飲んだ。
3日経って、逆に調子が悪くなり何も起こらなかった。
その時、アンジェリの住人たちにも、声が出なくなる病気が広まっていた。
声が出ないことがこわくなったガラハさんは、コムニ領主のリガルさんたちに、魔法の本の文字で指示を出した。
謎の病気が広まる前にアンジェリの道を閉ざした。
アンジェリへの道が完全に閉ざされる2日ほど前。
私のお師匠クロウドから、ガラハさんに手紙が届いた。タイミング的に、私に手紙が届いたくらいだ。
『クロウドの手紙です。アンジェリの住民たちに、【風のおくすり】を配って渡す指示でした。わらにもすがる思いで、アンジェリの役人に指示を出しました。街の人たちはどうなりました?』
「アンジェリの民は苦しんでおりません」
ガラハさんは住民たちを心配していた。
私が代わりに、その良い報告をする。
なるほど、お師匠は判断が早い。
【風のおくすり】を使うのは、南風とともにやってくる、のどを悪くする病気だ。
ガラハさんのように症状が長引くと、一時的に声を失うこともある。
一方、王のリガルさんは、あごに手を当て考えていた。
どうやら、彼にもお師匠の手紙が来ていたらしい。
「僕にもクロウドより手紙が来ていました。7つのコムニが怪しい動きをしないように、監視を頼まれましたよ。彼の方では、あの女エルフ宰相が牛耳る国ハイネスを探ってみると」
『なるほど。国の道を閉ざす危険性を、クロウドは気づいていたようだ。よく考えれば、私の命令に怒った諸国が、反乱するのもあり得るな』
南の方での国同士のつながりの話、私はくわしくない。
何だか、難しい話だ。
険しい顔をしていたら、アルトが何かを口にくわえてやってきた。
すると、あわてて門番の兵士も駆けてくる。
「無礼をお許しください! このドラゴンの子が入口から侵入したので!」
「あぁ、ごめんなさい! こら、アルト! あれ、手紙?」
きゅっきゅっ!
アルトは私に手紙を差し出した。
私は叱るのをやめて、代わりに頭をなでる。アルトは喜んでから、床に落ち着いた。
リガルさんの手の合図で、門番は去って行った。
それを見た私は、その手紙を広げて、内容を読み上げた。
「聖女殿下の【風のおくすり】は、半分の量から始め、1週間ごとに倍の量にしていく。飲みにくい場合は、ぬるま湯に溶かしたり、ハチミツを混ぜたりでも良い。マリィが責任をもって、聖女様のおくすりを作りなさい。ハイネスにいるクロウドより」
お師匠クロウドの指示は、この場にいないのに正確だ。
手紙をたたみながら、私は2人の顔を見る。
渋々、ガラハさんはうなずいた。傍のリガルさんは苦笑いをしていた。
ようやくお仕事を私は始めることになる。
私は2週間弱、ガラハさんの専属のお医者さんと、問答しながらおくすりを作った。
苦いおくすりが飲めないガラハさんに、【風のおくすり】を毎日飲んでもらった。
おくすりの効果が出たのは、人間の1.5倍の量になって、すぐだ。
ガラハさんの声は、徐々に戻った。
ガラハさんの低く大人らしい女性の声を、私は聴くことができた。
それは私もうれしい。
でもまだ、ガラハさんは、本調子じゃないらしい。
「まだ、声がかすれていますね。でも、もうすぐ歌えるようになるでしょう。……みんなにやさしい聖女になりますから」
「ちゃんと完全に治るまで、おくすり飲んでくださいね?」
「うぅ……わかりましたよ」
私は口酸っぱく、また注意をした。ガラハさんは、小さな声で約束してくれた。
お師匠は、ハイネスに住むエルフにおくすりの扱いを聞いたのだろう。
先回りしたお師匠に、私たちは助けられた。
一方でリガルさんは、7つのコムニ領主へ、アンジェリへの道を閉ざすのを止める指示を出した。
その数時間後だった。
空ドラゴンが飛んできて、闘技場へ降りた。そして、青い顔をしたリガルさんが、聖教会へ走って来た。
リガルさんは息を切らして、謁見の間に入る。
ガラハさんは冷静に問う。
「リガル王、そのように、あわてて……どうしました?」
「コムニの1つ、ヴィネー国。我が同盟から外れて、ハイネス騎士国に従いました!」
「リガル! 急ぎ、状況を確認しましょう!」
水の国、ヴィネー。
私は名前を知っている。確か、ハイネス騎士国と接していたはずだ。
7つのコムニのうち、1つの国が反乱を起こした。
その事実に、風が吹き荒れる。
アンジェリの聖女と王の足場が一瞬でゆらぐ。
状況確認と、国内がこれ以上に混乱しないように努める。
それが国のリーダーとしてやるべきことだ。
ガラハさんは指示を出すために、謁見の間を後にする。
その去り際に、私の耳元にささやく。
「マリィ、ごめんなさい。私の歌はまた後で……」
私は、激しい川の流れの中にいる気持ちだった。
脚が震えて、何とか立つのがやっとだ。
私は戦災孤児。
戦いがこわいものだと、私の骨の中までしみているのだ。
すると、アルトが走って来て、立ち尽くす私の脚にかみついた。
「いだぁい!」
情けなく私は、床に倒れる。
リガルさんが私の身体を起こす。そして真剣に口を開いた。
「マリィ、目の前の困難に立ち止まるな。君の相棒のアルトは、前を向いて歩くつもりだ!」
「でも、私に何かできることがありますか?」
「わからない! この事件の中、お師匠クロウドは、ハイネスにいるぞ! マリィ、君も行くべきだ!」
「はい!」
私はうなずいた。
事件は、大雨が降った後の川のようだ。激しく強く流れている。
その渦中に、お師匠がハイネスにいる。
兄弟子のリガルさんに言われたからじゃない。
心が激しく動いて、私も行かなきゃと思う。
かつての争いのひどさを知っている者として。今、困った人が出るなら、救える者として。
目を閉じて、呼吸を整える。
マリィ、自分を信じろ。マリィ、大丈夫。マリィなら何でもできる。
アルトが私の左肩に飛び乗った。私は地面を踏みしめ、前へ歩き出す。
次の目的地は、ハイネス騎士国だ。
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