第18話 風のおくすり~聖教会アンジェリ~(5)
一歩、闘技場の外に出る。
整備された石だたみ。そして茶色い石が転がっている歴史の跡。
ここ、聖教会があるアンジェリだ。
リガルさんに案内され、茶色い石壁の住宅地の道を抜ける。
子供たちは外で元気よく駆けている。
それに洗濯ものを干すおばさんは、キビキビと動いて、具合悪そうじゃない。
ただ物がなくて、道で商売をやっている人は少ない。
あれ……何だか、おかしい。
南の風の吹く場所は、本当にこの地だろうか。
病気が流行っているアンジェリと、私は思えない。
私とアルトは、逆におっかなびっくりと、アンジェリの街を歩く。
病気とは縁のなさそうな平和な街だ。ふつうの気持ちなら、とても良い旅ができそう。
お師匠が頼んだお仕事のイメージと、はっきり違う。
これはとても困った。
ついつい私の本音が出てしまう。
「ここは本当に、病気が広まっている街ですか?」
「あぁ、今、兵士から聞いた話だけど、恥ずかしいことをもう1つ言おう。聖女殿下を除いて、アンジェリの街に広がった病気は治まっているんだ」
「それは、全ての道を閉ざす意味がないです。ただのワガママな判断に見えちゃいますよ!」
「そうだよねぇ……」
そうだよねぇ、じゃないわ!
判断が遅くて、国に住む人たちが困ってしまう。
お気楽に考えていても、どうにもならないじゃない!
私は一刻も早く、聖女様と会う必要がある。
みんな言えないなら、私がちゃんと言う。そんな使命感だ。
蛇のようにうねった川にかかる橋。
私たちが歩いて超えると、まっすぐ大きい通りがあった。
その先に、これまた大きい聖教会がある。
まだ距離が離れているのに、存在感があるものだ。
しばらく、私たちは道を歩く。
それでも聖教会の広場の中だ。
守っている兵士がすれ違うだけだ。
この広場の中央にある、石の柱は天にそびえるようだ。それを囲む要塞のような石造り壁。
ここ、アンジェリから、世界が始まったと言われるだけある歴史的な建物だ。
言葉が上手く出ない。もちろん、驚きを超えた驚きのせいだ。
南に来てから、私の感情は、海の波のように上下に動いている。
南風の気まぐれは、常に大味なのだ。いちいち、反応に困る。
「王様の庭だわ……すご過ぎる……」
「うん、王様は僕。ここに住むのは聖女様ね」
冷静にリガルさんが、私の言い間違いを訂正する。
最後の門番さんたちは、とても強そうな人たちだった。
その武器の先が地面に向き、私たちは道を譲ってもらった。
リガルさんが先に行って、聖女様と話をつけてくれるそうだ。
私たちは裏の超巨大なお庭を歩いていることにした。
黒い石造りの道。かなりしっかりと磨かれていて、黒光りしている。そこに肌色で、大きく紋章が刻まれている。
まさに聖人の道だ。
そして、生えている植物も南の国らしい。
緑の棒に無数のとげ。たしか、サボテンだっけ。
それと、これだけ刈り込まれた芝生は、フランシス貴族の庭でも見たことない。
キレイに整えられた背の高い木々もある。
アルトは上機嫌に跳ね回っている。
無礼という言葉を知らないみたい。そのたかぶる気持ちは分からなくもない。
思わず植物を食べたり、口から火を噴いて芝生を燃やしたり、それがこわい。
すぐに私は、アルトを連れ戻しに歩く。
「アルトぉ、戻ってきなさいよぉ!」
「……ッ!?」
アルトは言葉もなく、ただ見つめる先。
すらりと手足が長い美人さん。
その彼女は、1冊の分厚い本を両手でもち、木の下に腰を下ろし座っていた。
木漏れ日を浴びて、透き通っている肌、そして輝く宝石のような青い瞳。
帽子をかぶっているが、のぞく耳が少しだけ尖がっている。
全身、白を基調とした装束。白いケープが印象的。首から下がる十字架。
彼女は驚いた様子だった。でも声が出ず、話せなかったのだ。
代わりに開いて見せたのは本だ。真っ白な何も書かれていないページ。
浮かび上がる文字。
『あぁ、貴女たちが魔法使いクロウドのお弟子さんね。私はガラハです』
「お話せずに、本に文字を起こせるなんて、すごい魔力ですねぇ。私は魔法使い見習いのマリィ。このドラゴンの子はアルト」
この方の正体は何となく分かったけど、私は素のままで話しかけた。
ガラハさんは、天使のように薄らと慈愛ある微笑みを見せた。
向こうから、王様リガルさんの声だ。
「聖女殿下~! ガラハ様~!」
『王に見つりましたか。では、お仕事に参りましょう』
魔法の本に浮かぶ文字。
ガラハさんは観念したようだ。いたずらな笑みを浮かべる。
私はもう驚かない。
声の出ない女性から、ガラハさんが聖女様になる。容姿が神々しいからも分かる。
それとリガルさんは、ちょっとガラハさんと仲悪いらしい。
ガラハさんが逃げている状況から、それは簡単に想像できる。
さてさて、役者はそろいました。
ガラハさんの声を戻すお手伝い。
私たちもお仕事といきましょうか。
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