第17話 風のおくすり~聖教会アンジェリ~(4)

 風を読むのが得意な南の人。だから、強い風が吹くと、本気のスイッチが入る。

 よそ者ということで、私に気を遣っていない。ただ、私は風を強く起こすみたい。

 目の前で、顔に「私はたくさん食べます」と書いている私がいる。

 この視線で、私の気持ちを察したのだろう。

 おしゃべり男のリガルさんは、微笑みを浮かべた。


「うん、ご飯代はお師匠に頼むからいくらでも食べなよ!」

「あ……。でも、うーんと。……お師匠、ごめんなさい!」


 私は一瞬悩んだ。

 あまり食べすぎると、お師匠のお金がなくなってしまう。

 でも、海の幸とチーズとバジルの香りに、誘われる食欲に勝てなかった。

 お師匠、ごめんなさい!

 南の土地では、南の風に従う。食べたいなら、もう食べよう。


「あはは、冗談だよ! 困った聖女様のお悩みを解決できたなら、僕が払うよ!」


 陽気なのままに、お仕事を振ってくる南の人の気質をどうにかしてほしい。

 ご飯から、お仕事の話に、急展開。

 食い意地を張る私は、アルトと、パスタの奪い合いをしていた。

 当然、とぼけた顔のままだ。


 まず椅子に座り直す。そして、机の向こう側のリガルさんの顔を見た。

 アルトも察したらしく、床にお座りした。

 今さら、真面目ぶって話すこともない。等身大の魔法使い見習いとして、私は質問をする。


「南の地方では、聖女様が一番えらいんですね。彼女が号令すれば、7つのコムニの混乱は治まると思いますけど?」

「そのコムニ領主をまとめる王として僕が、彼女に前より上手く伝えることができればいいのだけどね。聖女は平和のシンボルさ。その判断1つで、まとまったコムニがバラバラに分解してしまう」


 そういうことか。

 縦に首を振り、私はうなずく。

 7つのコムニを指揮している王は、リガルさんなのだ。

 そして、聖女殿下が平和のシンボルである。

 その聖女様に、領主でまとめた案を、王としてリガルさんが許可をもらう。

 悪くない仕組みだ。


 じゃあ、何故、アンジェリにつながる全ての道が閉ざされたのか。

 それこそ、7つのコムニに負担がかかって、領主も住民も怒り出すと、王と聖女は見捨てられてしまわないだろうか。

 重い空気に飲まれないように、私は堂々と話した。


「聖女様はどこか……この国に住む人たちをないがしろにしていないですか」

「言葉が出ない……」

「口に出してください。ここでがんばらないと、民の不満が爆発してしまいます!」

「僕でなくて、聖女様の方さ。彼女は声が出ないことを気に病んでいる。たぶん恥ずかしくて、国民の前に出ることを拒んでいるのさ」


 ひどく疲れた顔をリガルさんは見せる。

 そ……それはワガママすぎないだろうか。驚きすぎて、私も声がつまりそうだ。

 決めつけは良くない。

 声を失った聖女様は、どうして国民の前に出るのを恥ずかしがっているんだろう。

 その問題が解決すれば、南の民はみんな幸せになる。


「聖女様は、声を出して何かなさるんですか?」

「毎日、決まった時間に平和のお言葉を歌われる。それで気が重いのだろう」

「なるほど、聖歌ですか。それはプレッシャーですね。でも、代わりの者が歌えば駄目なのでしょうか?」

「7つの国を束ねるのには、彼女の奇跡の歌声しかないのだ。それは、聖女様も、僕ら臣下も、同じ気持ちだ」


 そういう国柄なのだ。

 平和を保つために、絶対に彼女の歌が必要という訳だ。

 でも、その声を治す必要がある。それに広まっている病気も何とかしないと、だ。

 私は熱い視線をリガルさんに向ける。


「兄弟子にして、王様のリガルさん。お願いがあります」

「なんだい?」

「聖女殿下と私のお話し合いの場を持ちたいです」

「あぁ。情けない話だけど、お願いできるかい」


 この場の食事代は、後でお支払いの紙につけてもらった。

 そして、ジノバの港に、空ドラゴン便を呼んだ。

 私とアルト、そしてリガルさんを乗せたドラゴンは、聖教会アンジェリに向けて飛んだ。


 飛んでくるドラゴンも、陸を行く人も、海を渡る人も、全くいない。

 空いている道は、旅しやすい春ではめずらしいだろう。


 その結果、かなり早く、アンジェリに着いた。

 地上の兵士たちがドラゴンを導き、円形闘技場の中に着地。

 私たちも地面に足を着けた。


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