第16話 風のおくすり~聖教会アンジェリ~(3)

「ふふ、失礼した。僕もクロウドお師匠の弟子だよ。それと、僕は3つの領主さ。サボワとジノバのそれぞれ領主も、メディ領主の僕が兼ねている。では、君から質問を受け付けるよ」


 リガルさんは、薄く笑った。

 大人の顔をわざとしているのは、私がよそ者だからだろう。

 隠さなくても、その端々から個性がもれている。とうに、私は気づいている。


 南の人の性格は、自由な風の民と聞いたことがある。

 こだわりが強くロマンチストな反面、完全にできなくても結果良し。陽気なおしゃべり屋さん。

 確かにリガルさんは、初対面で2~3個の内容を、子供の私に話してきた。


 この大領主のリガルさんとの話がまとまるだろうか。

 さらに不安になったので、私は口を開いた。


「やはり、南の人って、おしゃべりが好きなんですか?」

「大好きに決まっているじゃないか! どうして1つしか質問しないんだい? 因みに、君の名前は何というんだい? たくさん会話するなら、ご飯でもどう?」

「えーと、えーと……」


 3つも聞かれた。

 焦り。どれから答えを返すべきか、私は戸惑う。

 私たち、フランシス人は気分の上下で、態度が変わる節がある。

 フランシスの女の子は、気分屋の子猫ちゃんと、外国の人にからかわれることもある。

 そういう私も思っていることが顔に出て、すごく分かりやすいと、自由都市のアゼルさんに言われたっけ。


 アルトが心配みたいで鳴いている。立ったまま私は、目を回していたのだろうか。

 すると、リガルさんは屈んで、ベビードラゴンに話し掛けた。


「お前、腹減ったろう? 飯行こうか!」

「きゅっきゅっ!」

「妹弟子よ、この子の名前は何というんだい?」


 アルトは頭をなでられている。優しくされると誰にでもなつく子供ドラゴン。

 そして、リガルさんは見上げて、私にまた質問する。

 リガルさんの情熱に、私は根気負けした。歯切れ悪く、私はモゴモゴと口を開く。


「この子はアルト。私は魔法使い見習いのマリィです。一緒にお食事出来て光栄です、兄弟子リガルさん」

「おお、マリィって言うんだね! ステキな名前だ! よし、マリィ、アルト、南の料理をいっぱい食べよう! 僕らの街へようこそ、大歓迎するよ!」


 気持ちがたかぶる兄弟子リガル。南風のような性格をすでに隠さない。

 眼鏡をかけた紳士の姿なのに、なんとまぁ、口がよく動く男性なんだろうか。

 そんなにキラキラと眩しい少年のような笑顔を向けられると、私だって恥ずかしくなる。


 私たちの側に立っていた役人は、「では、よろしくお願いします」と頭を下げ、ようやく役場へ戻って行った。

 重そうな足の運びだった。

 リガルさんの止まらないおしゃべりを見ていたというよりも、役人はお仕事を怠けて休んでいただけのようだ。

 あの混雑した役場に、戻るのは嫌だろうな。

 手抜きが得意な南の人間でなくても、休む間もなく情熱的なお話を続けられたら、私だって疲れる。


 私の落ち込んだ気持ち。上機嫌にスキップしているリガルさん。

 ご飯を食べて、それから真面目な話し合い。

 この段取りで、大丈夫だろうか。私は不安しかない。

 もう吹く南の風に身を任せようっと。


✝✝✝✝✝✝✝✝


 街の料理屋さんは、景気が良い感じ。

 ジュージューと焼けるお魚の匂い。お店の人は、色鮮やかな山盛りの料理を運ぶ。

 やはりこの街、ジノバの人たちは、豪快に笑って話して、豪快に食べる。

 手を叩いて、ガハハと歯を見せて笑う。


 そして食い意地を張る、ベビードラゴンのアルトは、南ではふつうみたい。

 このままだと、私のパスタもピザも食べられちゃう! ちょっと待ちなさいよ!

 私は焦って、自分の分のトマトソースのピザにかじりついた。

 リガルさんは大笑いである。


「失礼した。いやー、でも面白い! 料理が溶けて消えていくようだ! 2人ともステキな食べっぷりで、僕は大好きだ!」

「きゅっきゅっ!」


 まだ食べると、アルトが鳴いている。

 冬のダイエットが無駄になる。なるべく早く、アンジェリのお仕事を終えないといけない。

 その前に、ちょっとくらい私も食べていいだろう!

 旅先でたくさん食べる。私だって、せっかくのご縁があった場所の料理を、たらふく食べたい。

 リガルさんがお会計を気にするくらい、焦り顔になるまで食べるぞ。

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