第15話 風のおくすり~聖教会アンジェリ~(2)
ジノバの役場は大変な混みようだった。
役人たちがひっきりなしに、苦情の対応をしていた。
おじさんは、何かのお仕事の許可証をもって、怒り半分に文句だ。
おばさんは、止められている荷物の配達がいつ来るのかと、心配そうに聞いている。
お仕事が急になくなったお兄さんは、明日からどうしようかと、椅子に座ってうなだれている。
大変な事態。まるで、上手く行かない感じだ。
南風が止まり、海の波も静かになっている。船は自然に進まず、人の力技に頼らざるを得ない。
たった1日、国の動きが止まって、こんな有り様だ。
私とアルトは外国人だ。困った顔をお互いに見合わせる。
この国の人たちが何だかかわいそうに思える。これは子供にお手伝いできる事件の大きさではない。
それでも私は、お仕事をする必要がある。
お師匠のお仕事が今後どうなるかと、カウンターの向こうに立つ役人の1人に尋ねた。
「アンジェリからの情報が次々来ます。しかし、役人の我々もどれが正しいか分からないのです」
「全部の道を閉ざしていると聞きましたよ? そんなに大変な病気が広がっているのでしょうか?」
「正直に申し上げて、我々が情けないばかりに、道の封鎖も正しい命令なのか分からないのです。聖女殿下の命令なのか、王様の命令なのか、それとも小国領主様の命令なのか、私の上司の命令なのか……それすら分かっていないのです」
「えぇ……」
つまり、謎の病気が広がっているのか分からない。
それに道を閉ざしてしまっているので、情報が入らない。
結果、役人から住民たち、全ての国民がパニックになっている。
とんでもない事態だ。
命令の上から下の流れがおかしい。
それでアンジェリの周りの国々は、大混乱の中にあった。
私も言葉が出てこない。
事情が知りたいのでえらい人を呼んで、と私が言ったところで、役人さんが呼べるわけもないだろう。
すると下からアルトが、口に紋章バッジをくわえて差し出した。
聖教会アンジェリの紋章バッジだ。
え、この子、どこから出したの?
私は忘れていたけど、お師匠の手紙に添えられていたみたいだ。
それでアンジェリ側と話がついているものだ、と私も勘違いしていた。
役人はその紋章バッジを受け取る。
嫌な顔をしながらも、私の用事を分かってくれた。
「急ぎの用事というわけですか……。わかりました。領主様とかけあってみましょう」
領主あてに、急ぎの用事が役場であり、と紙に書いた。
伝言の鳥に、手紙と紋章バッジを、持たせて空へ放った。
私は申し訳ない気持ちになった。
この地の住民たちの用事を差し置いて、優先してもらった罪悪感がある。
私は近くの図書館へ行くと、役人に告げて、その居心地悪い役場から逃げた。
この国が今、大混乱しているのには、何かお国柄の理由があるのではないか。
それを調べるのも必要だ。
この国はアンジェリを含めて、7つの小国の集まりである。
サボワ、ジノバ、メディ、トスカ、ヴィネー、アンジェリ、ナプレ。
元々、戦いの絶えない南の小国たちは、聖コムニ同盟を結び、平和な状態になっていた。
コムニとは、都市という意味だ。
7つの都市の集まり。その上に、聖女殿下と国王が、それぞれ権力者としている。
「これは誰が一番強い命令なのかしら?」
本に向けて、私は苦笑いをもらす。
もうちょっと簡単に、命令の流れを考える。
私の国、フランシス王国は、王様が1人。王様の命令で、大臣も役人も兵士も全てが動く。いわゆる、上から下の関係だ。
四大自由都市同盟は、4つ自由都市をお互いに守り合う。これは、横の関係だ。
それでは、アンジェリの状況に戻してみよう。
そもそも7人のコムニ領主がいる。そのリーダーが国王。
そして、聖教会で一番えらい聖女殿下。
うん。みんな、えらい訳か。
役人の言った通り、誰の命令を守るべきなんだろうね。
小さくため息。
あー。
みんな集めて話し合いが一番いいのだろうけど、そんな理想通りに上手くいかない。
本を棚に戻すと、私は椅子に座って、呆けてしまった。
隣に座るアルトは、心配そうな目。
お師匠が自分でお仕事をしないで、私に引きついだ理由が分かった。
このお仕事は大変だぁ。
まず問題は何か。その大枠すらない。
それから現場で調べて、解決策を考えて、行動に起こす。
私はその手順を起こせない。
「問題がわかるまで、時間がかかりそう。南の吹く風は気まぐれみたい……」
南から吹く風は、お気楽で自由気ままだ。
自由な風は、どんなに優秀な魔法使いでもつかみようがない。
考えすぎて、深みにはまりかけていた。
足音が近づく。
あの役人が青年領主をつれて、私の前にやって来た。
その青年領主リガルさんは、眼鏡をかけたスリムな紳士服の人だ。
なでつけるような黒髪と、眼鏡の奥で穏やかに笑う灰色の目。
明るい口調は、南の人の性格そのものだ。
「どうもどうも。これはお師匠様の妹弟子くんではないか。僕はメディ領主のリガルだ」
「えっと、お師匠の知り合いですか? それにメディの領主様?」
急に情報が多い。
突然、吹いた南風のようだ。リガルさんの登場に、私はびっくりした。
お師匠クロウドが私より先に、リガルさんを弟子にしていれば、彼は兄弟子だ。
そして、この都市はジノバ。メディは隣の都市なのだ。
何だか、一度に理解できないかもしれない。
これには私も困って、もう苦笑いだ。
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