第11話 痩のおくすり~四大自由都市同盟~(5)
この説明を真剣な目で聞いてくれた。
ドラゴンは子供でもかしこい。
一方、私はずるがしこいって、よく言われる。
お師匠のような、たくらんだ笑みで、アルトに近づく。
「よーし、良い子ねー。それ、首輪を付けちゃえ!」
「きゅーっ!」
ドラゴンは散歩できない。じゃあ、ドラゴンじゃないことにしよう。
我ながらひどい言い訳だ。
まだ空を飛ぶには、羽の力は弱い。そうならば、陸を歩く。
私は至って真剣だ。
アゼルさんは、「あー、なるほどー」と白けた目で私たちを見た。
冗談だろうと思われた。
これから毎日数回の運動をするわけだ。
続けていけば、彼が私たちを見る目が変わるだろう。
朝の清々しい空気。
茶色い街並みを追いながら、私たちの散歩が始まる。
湖まで歩いて、教会を過ぎて、そこからお家に戻った。
散歩に来ているトリク市民たちの目が冷やかだ。
それはベビードラゴンが一生懸命に、石だたみの道を歩いているのだ。
そして、傍でヒモを引いて歩く少女は、ドラゴンの子供を必死に励ましている。
街の治安を守るために、兵士さんが私たちに尋ねる。
「えっと、お嬢さん……ドラゴンの散歩かい?」
「飼い犬です」
「それは無理があるよねぇ。犬ならワンと鳴くよ?」
「おい、アルト……ワンと鳴け」
私の鋭い目におびえて、アルトは従った。
き……きゃん。
犬の真似をするドラゴンの子供。
苦笑いの兵士さんは、「はは、犬でいいか」と許可をくれた。
アルトはすごく嫌そうな顔ですねた。
「不満なら痩せなさいよ」
「きゃん」
怒りつつもちゃんと散歩をする。
えらいぞ、アルト。
私は家に帰るとすぐ、アルトの身体を蒸しタオルで拭いてあげた。
汗はちゃんと拭かないと、病気になるとお師匠がよく私に注意するからだ。
目を細めるアルトは、うれしそうな顔である。
ただアルトは食べるのをあまりガマンできない。
すぐお腹を空かす。
バタバタと手足を動かして、こらえているようだ。
これは見ている私も忍びない。
アルトの空腹が私にも刃を向いた。
口がさみしいのか、私は腕や足をよくかみつかれる。
傷が日に日に増えていく。
アゼルさんは、私の傷を消毒して包帯をまく。
痛そうな顔をすると負けだと思い、私はふつうを装っていた。
「なぁ、ガマンさせすぎじゃないか?」
「そうですかねぇ」
「それとマリィも、ガマンしすぎだ」
「私はガマン強くないです。でも、ここで私が弱気になったら、アルトのがんばりが無駄になります」
私は歯を食いしばっていた。
アゼルさんは、この理想的なダイエットに無理があると、もう分かっていた。
耐える訓練じゃない。
このままじゃ近いうちに、私もアルトも限界で暴れてしまう。
腕組みして、竜騎士さんは魔獣の飼育を思い起こしていた。
ややあって、口を開く。
「なぁ、1日の食べる量は同じでもやりかたあるぜ。食った気になれば、アルトも噛みつき癖がなくなると思わないか? 」
「食べ物の量じゃないとすれば、質ですか? 例えば、お肉でなく野菜を多くしたり……とか」
私の考えを口に出す。
どうしても100%の量で、中身を変えることしか、私は思い浮かばない。
それも一理あると、アゼルさんは言う。
「食事が朝昼晩3回と決めつけない方がいい。量をもっと少なくして、回数を増やす。そして、別の食べ物でカサを増すんだ」
「カサを増す? 量は多くなるような……。あ、別の食べ物ってのが鍵ですか! お肉がつきにくくする食べ物で見た目を増やすんですね」
120%食べてもいいのだ。
ただし回数を多く、お肉になりにくい食材のカサ増しである。
これで満腹感は得られる。
こうして、アルトの食事は1日5回になった。
カサ増ししているご飯は大盛り。
味気ないと、勘の良いドラゴンは気づく。
だから、香辛料で鼻をごまかす。
それでも空腹になるときは、口を動かすといい。
ただし、私の腕や足を噛む代わりになるものを与えた。
自由都市の木材は丈夫だ。アゼルさんに、この木を削ってもらい、噛み用の木のおもちゃを作った。
アルトは噛むのに夢中になり、私たちが気づいたら、疲れて寝ていた。
冬に入るころには、アルトは順調に痩せて来た。
鏡に映るベビードラゴンは、骨格と筋肉の線がしっかりして、イケメンの子になった。
「アルト、やったね。これで春を迎えられるよ!」
「きゅっきゅっ!」
そう、ただ上手く行きすぎていた。
この結果が、私たちに最後の事件を招いたのだ。
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