第10話 痩のおくすり~四大自由都市同盟~(4)
ただ、アゼルさんの問題はそこではないのだ。
人工飼育だけが問題でない。
もっと現実的に、焦った気持ちがあるようだ。
それに私はまだ気づいていない。
「マリィ、君はお師匠のクロウドと同じことを言うねぇ。そう出来れば、そうしたい。北の島国アルビオンや君の住む国と違い、国の広さがない自由都市ではドラゴンの飼育に向かない。あまり外に放し飼いにしないでくださいね、とお役人からも言われている」
「室内で飼っているのは限界じゃないですかねぇ。他人にじゃれているだけでなく、家具を壊したりしないかしら」
国による環境の違いはわかる。
その中でもやれることをやるしかない。それが犬だろうが、ドラゴンだろうが。
私は他人事のようなセリフで、アゼルさんにどうしても話してしまう。
そこで、初めてアゼルさんの本心が出た。
生き物を家族のように育てている人しか分からない、葛藤があったのだ。
「アルトはこのままでは殺処分だ! 無責任な大人の理由で、外で飼うなと言われ、その上で殺されそうになっているこの子は不憫で仕方ないんだよ」
「え……っとつまり、春までに痩せないと、殺されちゃうってわけですか」
「そうだ。悪い大人は無理な話をけしかけて楽をしようとする。俺はそれを正しいことだと思わない。諦めちゃ駄目だと思っている。ただ良いアイディアがないんだ」
アゼルさんのつらい気持ちは、私にもやっと分かった。
アルトは、悲しそうな声で、きゅっきゅっと鳴く。
これは私の良心が痛む。かわいそうで、他人事と思えない。
部屋飼いのベビードラゴンが、春まで痩せることなど出来ないだろう。
じゃあ、殺してしまおうか。
ずるい大人の発想だ。
興味ない人たちにとっては、アルトの命などどうでもいいのだ。
言い訳を重ねて、その命を奪う。それは、小さな命に対して失礼だ。
これは大変なお仕事になるぞ。
私は困った目で、アルトのアーモンド型の黄色い目を見つめた。
「アルト、魔法ですぐ痩せることはできないよ。でも私と一緒に、がんばって春まで痩せよう!」
「きゅー!」
ドラゴンの子供のダイエット。それも、この子の命がけだ。
こんなに責任がかかるお仕事を、私は最後までやりとげることができるだろうか。
でも何事も、日常の姿をよく見て、アイディアを探し、そして行動に起こすことだ。
不安を心で燃やして、やる気に変えていく。
大丈夫。魔法使いのマリィなら何でもできる。
単に食べ物を少なくしたり、運動をむやみにやったり。それはこの子が耐え切れないだろう。
無理はできないけど、甘やかすこともできない。
その行動のバランスは、お互いが信じあえる程度にする。
目標うんぬんの前に、私はアルトに現実を見せる必要がある。
それで、ショックを受けても、このままじゃ駄目だと思ってほしい。
よっこらせっと。
私は大きな姿見の鏡を持ってきた。
「鏡よ、鏡。この世界で痩せるべきなのはだーれだ!」
「きゅ……きゅ……」
黄色い目が驚いて震える。
明らかに体型が真ん丸なベビードラゴンだ。
目じりに涙。弱々しく身体をすくめている。
私にどうすれば痩せますか、の目線を送ってくる。
「アルト、どうして太るか知っている?」
「きゅー?」
「私たちは生きるために、食べ物で必要なものを摂るんだ。それは、多くが身体を整えるために、他が動くために、そしてあまった分がお肉になるってわけ!」
「きゅ!」
私はお話を始める。
この説明が、お互いの目標を決めるために大事だ。
食べものを全く食べないで痩せようとする。
その結果、身体を整えて動く力、いわゆる生きる力まで無くすかもしれない。
あくまで生きるために、私たちは食事をする。
あまった分が、お肉としてつかないように減らす。
食べすぎないように、ってそういうことだ。
アゼルさんに聞いたら、アルトは食事の時間以外でもおやつを食べていたらしい。
ここを減らすと良いかもしれない。
それと一度、身体についたお肉はなかなか落ちない。
ただお肉の成分を変えてしまえば、体重は一瞬増えてから、すっきりと減る。
脂身を筋肉にしてしまう。
たしかに筋肉は重たい。
痩せるために、一時的でも太るのは、ちょっと変な話だ。
でも身体を動かす面で筋肉は、骨を支え、力を出す時間も速くなる。
長い目で見れば、痩せるなら筋肉が大事だ。
ただムキムキ筋肉のベビードラゴンが目標ではない。
あくまでも、アルトができる範囲で、動きやすくなるために筋肉をつける。
15分くらいを何度も小分けにして運動をしようと思う。
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