第9話 痩のおくすり~四大自由都市同盟~(3)

 最悪な夢を見た。

 珍しい薬草が目の前にあって、私は目を輝かせて採りに行った。

 木の上から子豚が落ちて来たのだ。ぶつかって倒された。

 私のお腹の上で、子豚は鳴きながら、混乱してジタバタ暴れている。


 うええええ。

 重い。痛い。私のお腹がつぶされる。

 ブヒブヒと鳴いて暴れられても困るよ、子豚さん。


 悪夢だ。

 そういえば、お師匠の隠れ家に初めてやってきた時も、悪夢にうなされた。

 夢の中の私は冷静だった。

 これが夢だと気づけば、すぐに目が覚める。


 だけど、夢は続いた。いや、子豚大の何かが私の上に乗っている。

 血の気がひいて、顔も青ざめる。

 私は叫んだ。


「うわぁっ、食われるぅ!」

「きゅっきゅっ?」


 アーモンド状の愛らしい、黄色の両目が私を見つめた。

 敵意なしの甘えた声。

 子供の動物のようである。

 もちろん、子豚ではない。全体的に、青い身体だ。

 角2本あって。手に爪と口の中に牙があって。ひんやりとした胴体に、硬いしっぽ。

 宙に浮きはしないが、背中に2つの翼もちだ。小さく羽ばたいている。


 だけど、この成獣は図鑑で見たことあるよ。

 ドラゴン。

 私は背中から寒気がした。手の指先から足の指先まで、小刻みに震え出す。

 寝台の上の私は、口を広げて叫んだ。


「やっぱり、食われるぅ!」

「きゅっきゅっ!」


 夜明けが近いころ。

 珍獣が部屋に入る事件が起きた。

 私の叫び声で、さす又をもったアゼルさんが慌ててやってきた。

 部屋を開けて、すぐにさす又を構える。


「大丈夫かい!」

「アゼルさん、これ~この子~!」


 泣き出しそうな目で私は、お腹の上に座る小太りの謎の子を指さした。

 私の見た感じでは、この子はベビードラゴンだ。

 さす又を持つ手を緩め、アゼルさんは大笑いした。


「がっはっは! 先にお仕事、ベビードラゴンが君の部屋に来てしまったようだね!」

「どういうことですか?」


 私は怒った目と低い声で、アゼルさんに理由を聞く。

 きゅっきゅっ、と赤いベビードラゴンはかわいい声を出す。

 ちょっと食べすぎで、体重がありすぎて重いけど。


 咳払い。アゼルさんは話し出す。

 てのひらを広げて、お仕事につながるベビードラゴンを紹介だ。


「この子はアルト。ベビードラゴンの男の子だ」

「へぇ、アルトくんねぇ……。魔法でバラバラにしちゃってもいいですか?」

「待て待て。目が本気でこわいぞ、マリィ」

「本気です!」


 私は怒りで、頭から湯気が出そうだった。

 アルトはいたずらが過ぎるんじゃないだろうか。

 だけど、竜騎士のアゼルさんの手前、私は魔力を手に集めるのをやめた。

 この子がいたずらしたら、いつでもすぐに魔法をかけるとしよう。


 きゅっきゅー。

 こわがって、アルトが鳴いている。

 ようやく私の上からどいてくれた。

 少し反省してくれたらいいんだよ。まったくもう!

 馬鹿らしくて、怒りが静まって来た。


 床の上に落ち着いたアルト。その大きい目で、私たちを交互に見ている。

 おとなしく状況を見ているようだ。


 それを見て、アゼルさんは、ようやくお仕事を私に伝えた。

 このベビードラゴンは、見た感じでわかるくらい太りすぎだ。

 つまり、ダイエットが必要なのだ。


「アルトは痩せないといけない。それも春までだ。しかし、竜騎士の俺がドラゴンを育てるのは上手にできないんだ。わかるかい?」

「育児をさぼりたいんですか?」


 私は本当にそう思ったので、厳しい一言を放った。


 不機嫌な態度で、私は寝台に腰をかけて座り直す。

 アゼルさんは正しいことを言っているようだけど、私は納得できない。

 

 太陽の日差しが、窓から入って来た。

 私たちの姿もはっきりと映る。寝ぼけた目はもう完全に覚めた。


 ちゃんとした理由を、アゼルさんは少しずつ話す。


「竜騎士は今、希少動物の保護活動もしている。たまたま、フランシスの北の海辺街に、傷ついたドラゴンのお母さんが流れ着いてね。保護したんだけど、この子を産んで亡くなってしまったのさ」

「やっぱり、アゼルさんが責任をもって育てるべきではないですかね?」


 魔獣の保護活動は良いことだ。

 それに母親が亡くなってしまったら、その子供を人の手で飼育するのも仕方ない。

 助けた人が世話してあげればいい。


 ただ私は、保護活動をしている関係者ではない。

 この子を育てる手伝いをしても本当に良いのだろうか。

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