第6話 水のおくすり~王都パレス~(6)

 この後、学者さんは、王都から川の水の調査を任せられた。

 それで水に熱を通すことで、ほぼお腹を下すことがなくなったことを国王に報告したらしい。

 毒が熱に弱くてよかった。


 お師匠と私は、魔法使いなので、特別扱いされない。

 隠れ家でまたノンビリした生活に戻った。

 私の顔は不機嫌のままだ。がんばったのに、何もないからだ。

 お師匠は困った顔をしていたが、ある決心したらしく口を開いた。


「マリィ。確かに、今回はほとんど君の手柄だ。それを名がある学者くんに、引き継いだようなものだ」

「またごまかすんですか?」

「ごまかすわけではない。マリィ、君はこう言ったね。魔法で他人を傷つけたくない。助ける人に善悪はない」

「そうですね。おくすりなら、いくらでも作れますよ」


 私は軽口をたたいた。

 それもお師匠は計算済みだった。

 いつもの笑顔に影がある。何かをためらっているようだ。

 私は気になって、お師匠に聞いた。


「私は魔法使いに向かないんでしょうか?」

「マリィはいつも善意だけで、病人たちにおくすりを差し出すことができるかい。助けた事実を他の誰かに奪われて、自分には何も形に残らない。それでもいいなら、魔法の訓練はしなくてもいいよ」

「え……その……」


 私は困ってしまった。

 いつも不満だった。魔法の訓練を突然しなくてもいいと言われた。

 善意だけで病人を救う。

 それは私が良いと思ったことだけをしても、見返りに何も残らないという悲しい現実じゃないか。

 その事実を、私が一人前に受け入れる。


 受け入れたのならば、私はどうなるのか。お師匠の元を追放されるのか。

 悪い方向にしか、考えがまとまらない。

 つらい顔をしていたようだ。私の頭をまたお師匠は優しくなでる。


「ここを出て行けというわけではないよ。それに俺は、マリィに意地悪をしたいわけでもない」

「じゃあ、何でですか?」

「楽しくないことを魔法使いとしてやるのは、とてもつらいことだ。マリィはお仕事として、きちんとした理由をもってやってほしい。これは大事なことだよ」


 魔法使いマリィは何をしたいのかな。

 本当におくすりのことをお仕事にしていいのかな。

 それを決める方法を考えてごらん。


 お師匠は私のことをちゃんと見ている。

 そして、私に目標を持つように伝えたのだ。

 不満だけの言葉、いつも私は言っている。だけど、前向きな言葉は考えたことがない。


 私は眠れずに、夜も寝台に横になって、朝まで考えた。


 魔法なしで、世の中に通用するか、試すしかない。それで駄目なら、また魔法を学べば良い。

 魔法なしの魔法使い。

 それは魔法使いではないかもしれない。でも、私はそれが自分らしいと思う。


 朝食の席で、私は眠たく重い口をがんばって開き、自分の思いを伝えた。

 お師匠は私の言葉を静かに聞いてくれた。

 苦しそうに吐き出すように、お師匠は言葉を口から出した。


「マリィ、王都の外へ勉強の旅をしてみるかい。君の頭脳と、おくすりの技と才能。これを世の中に通用するか試すには、一番いい方法だ」


 もちろん、これはお試しだ。

 駄目なら、あきらめて戻って来ても良い。

 そこまで、お師匠は考えてくれていたようだ。


 しかし、あてもない旅をするには、ちょっと不安な年ごろだ。

 まず短い距離でお使いをしてもいいかもしれない。

 流石に私も不安だ。


 また心をのぞかれたみたい。お師匠は、私に提案した。


「そうだなぁ。マリィは3つの国に挟まれた、4つの都市同盟を知っているかい」

「四大自由都市同盟ですか。私たちの国フランシスと、その隣国のハイネス、アンジェリの真ん中にありますよね」

「そう。まずはお仕事のついでに、そこでマリィのお友達を作ってみたらどうかな?」

「えぇと、そもそも子供がお仕事を受けるのは難しいような……」

「大丈夫。俺の簡単な仕事を手伝うようなものだ。場所が違うだけで、いつもと変わらないだろう」


 前々から決めていたような口ぶりだ。優しいお師匠の笑顔に丸めこまれた気分だ。

 それでも、言い出したのは私。

 初めての冒険を前に引けない。もうどうにでもなれ、と私は覚悟を決めてうなずいた。


 お師匠の代わりに、自由都市同盟でお仕事をしてくる。

 最初の旅は、こうして決まった。

 行き先は、自由都市の1つで、ベールだ。

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