第5話 水のおくすり~王都パレス~(5)

 お師匠は回復魔法を、病人1人1人に使っていた。気力をたくさん使うので、額から滝のように汗を流している。

 私は煎じくすりを、学者さんの指示で、病人たちに配り歩いた。


「はい、どうぞ」

「私は良いんです。この子を先に……」


 若いお母さんが、疲れてぐったりした子供を抱きしめている。

 おじいさんが壁に腰をかけて、床を見つめて座る。

 市場で見かけた野菜売りのおじさんが、お腹を押さえて床を転がっている。

 浅い呼吸をしている弟を、弱った目で見ているお兄さん。


 呪い。

 魔法がこれほどたくさんの人たちを苦しめているのだろうか。

 だけど、私は理論的じゃないと思った。

 魔法というのは、これほどたくさんの人を傷つけた時点で、術者は大きく気力を奪われているはずだ。

 総じて考えれば、人を選ばずに攻撃する意味がない。


 その次に考えられるのは、毒。

 混じり気ない食事を摂っていれば、私たちは体調を崩さない。

 何か、食事に混じった。

 その何かを身体が拒否をして、消化せずに下痢を起こした。


 でも、その場合は、身体から毒を出してしまえば、同じ症状をくり返さないはずだ。

 またすぐ、お腹を下す人がいるのはなぜだろう。


 お師匠たちは、魔法医たちを集め、現場の状態や治療方針を探った。

 私のような半人前は、口出さず話を聞くだけでも恐れ多い。それでも立ち合いは許されている。


 呪いの仮説は、お師匠も否定した。

 毒と予想だ。

 魔法薬が効果ある人が出ている時点でそうだ。

 だが、回復魔法がほぼ効果ないのはなぜだろうか。


 どこから起きたのを考えるより、このなぞの毒はどうやったら治まるのか。

 まず治し方を調べるのが優先だ。

 お師匠は口を開いた。


「マリィ、お前は昨日の夜、俺と同じ食事を摂った。たぶん、塩の話をしたあたりだ。料理は何だったっけ?」

「えぇと、皆さん。では、発言を失礼いたします。パンケーキと野菜サラダ、それに塩からいスープです」


 魔法医たちが苦笑した。

 現場が和やかになるのはいいけど、私は涙目で震えた。偉い人たちの前で、恥ずかしいのはこの上ない。

 お師匠は、さらに話を掘り下げる。

 これ以上、話すの? 私は震える口でがんばった。


「そうだったな。俺とお前は何か違うことをしたか?」

「お師匠は水をたくさん飲みましたが、私は口をすすいでおしまいですね。これ、関係ありますか」

「水?」


 お師匠のまゆ毛が動いた。


 仮説。

 水をたくさん飲むと、毒が身体の中で増える。

 

 病人たちはある特徴があった。老若男女ばらついているように見える。

 子供、酒飲みのお兄さんやお爺さん、兵士たち、そして船乗りが多い。

 事務職の人や女の人はあまりいない気がする。


 お師匠は悪い笑みを漏らした。そして、私の頭を帽子ごと大きい手でなでまわした。


「マリィ、流石は俺の一番弟子だ。そうだ。水を多く飲んだ人たちが、病人として倒れている」

「え、どういうことですか! 水に毒が入っていたんですか?」


 私が「水」と強調して言うので、ざわつく魔法医たちがいた。

 静かにさせると、お師匠はこう言った。


「お腹を下すと、水を飲むように俺たちは助言しないか。回復魔法を使った後、『水を飲んでゆっくりなさってください、お大事に』ってさ」


 青ざめる魔法医たち。

 通常の腹下しであれば、全部、毒を出すために水をたくさん飲む方がいい。

 でも、その水そのものに毒が混ざっているとしたら。

 塩からいと口から噴き出すだけでは済まないだろう。


 でも、私はスープを飲んだ。それだって水だ。

 それにお師匠はたくさん煎じくすりを飲んでいる。それも水だろう。


「飲み水と、スープ。飲み水と、煎じくすり……何が違うんでしょうか」

「あのう……。学者の私が言うことではないと思いますが、発言をお許しください。恐らく、ただの水は火を通していません。熱で毒は消えるんではないでしょうか」


 火を通して、お湯にすれば、毒は消える。

 学者さんの発言に、お師匠も、魔法医たちも、驚いた顔になった。

 もしかして……と。

 お師匠は、壺の水の臭いをかいだ。しかめっ面で、こう言った。


「この水は腐っているな」


 こうなると一気に現場は動き出す。

 魔法医たちは、水を加熱するように伝達をする。

 そして、煮詰めた煎じくすりを病人たちに飲ませた。

 その際に、「水を飲みたくなっても、一度、火を通してから飲んでください」と言うことにした。

 しばらくして、王都パレスにおける、水の事件は収まった。

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