第64話 本当の、さようなら


「お、お前…っ!」

「ふふ、すみませんね。」



たたきつけられて技を決められているクソは、レイヤさんをにらみつけた。でもレイヤさんはいつも通り楽しそうに笑っていた。



「金は大切っすけど、それ以上に俺はお嬢が大事なんで。」

「レイヤさん…。」



レイヤさんは技を決めながら、私を見てにっこり笑った。泣きそうなくらい嬉しくなって、それ以上の言葉が出なかった。



「俺は自由な海賊です。でも義理は人一倍大切にするんすよ。俺たちもなめられたもんだ。」



するとその光景を見たラスウェル家の軍が、レイヤさんに向かっていこうとした。レイヤさんは一人だし、武器なんて持っていなさそうだ。やばいと思って思わず一歩足を前に向けようとしたその時、茂みの方から何かが飛び出してきた。



「…エバンさんっ!」



飛び出してきたのは、エバンさんが引き連れてきたテムライム軍だった。人数が増えたことで一気に有利になったアルは、畳みかけるようにして家長さんと交えていた剣を前の方へと押し付けた。




なぜだか客観的にその光景を見ていた私の目には、アルが剣を交えている姿があの日の光景と重なって見えた。勝てるはずないのに何度もあのクソに立ち向かってくれた、あの姿と。



知らないうちに胸のあたりで結んでいた両手を固く結んで、私はその光景を眺めていた。するとついにアルは相手を押し切って、そして一瞬で低い体制を作って相手の足をすくった。バランスを崩した家長を見て、アルの軍がそいつを取り押さえた。



「お前…っ。」



クソの部下たちは、全員取り押さえられた。それを見たクソは地面に叩きつけられている顔をゆっくり上げて、私の方を見た。




「お前はいつも…っ。」




あの日。この世界にもやっぱりクソがいるんだって知った、あの日。たった6歳だった私はただ地面に頭を付けて、謝ることしか出来なかった。




「いつも目障りなんだよ…っ!いつだって俺の邪魔をしやがって!!!!!やっぱり子供の頃にでも殺しておくべきだったっっ!!」



でも今は違う。私は大人になった。色んな知恵だってついたし、たくさんの経験も経てきた。



それに…。



「リア。」



あの日と決定的に違うのは、守ってくれる人が増えたことだ。本気で恨まれている目に思わず一歩引いてしまった私の背中は、いつの間にか横にいてくれたエバンさんに支えられている。



そして私はゆっくりと、アルの方に視線を移した。あの日何度立ち向かったって歯が立たなかったアルは、今はあの日と同じあの人を完璧に捕まえている。



「あの日、あなた確か私に言ったわよね。"お前みたいなやつに何が出来るんだって"。」



一度後ろに引いた足を、私は前に出した。エバンさんは私を止めることなく、しっかりと横についてきてくれた。



「確かにあなたの言う通りよ。私は今だって何もできない。」



あの日無力だった私に、アイツは言った。お前みたいな子どもに何が出来るんだって。

あれから20年以上たって、私は大人になった。でも大人になったからって言って、なんでも出来るようになったわけではない。今だってもし私一人とこいつらと対峙したら、数秒で私はやられてしまう。



「私、一人ではね。」




私は今だって、一人では何もできない。

でも私には今、これだけの味方がいてくれる。



「ねぇ、覚えてる?あの日カイゼル様が言ったのよ。"国とは信頼だ"って。」



あの日じぃじが言った言葉は、今でも鮮明に思い出せる。

彼はいつだってその言葉を大切に、どんな人とだって平等に接していた。そんな彼に近づきたくて、私もそうなりたいって思った。だから今までずっと、何よりも"信頼"を大事にしてきた。




「あなたはいつもそれをバカにしてたみたいだけど、今の状況みなさいよ。」



今クソを取り押さえてくれているのは、レイヤさん。レイヤさんは私に忠誠を誓う必要もないし、お金で動いたっておかしくない存在だ。それなのに私を選んでくれたのは、まぎれもなく"信頼"があったからだ。



「あなたは信頼に負けたの。あなたが目障りだと思ってるのは、私じゃなくて"信頼"よ。」



コイツは私を目障りだと言った。でもそれは違う。私一人では目障りにすらなれないんだから。



「残念ね。いつかあなたとだって分かり合える日が来ると思ってた。」



どんな根が腐ったやつとだって、いつか分かり合えるって信じてた。でもこうなってもなお、こいつとは分かり合えそうもない。だってずっと私を見ている目が冷たいから。今でもこいつはまだ"信頼"を目障りだって思っているんだろうから。



「さよなら。」



マージニア様がこいつをどうするかは分からない。

でもどうなったとしても、私がこいつに会う日は一生来ないと思う。本当にさようならだ。



私は振り返って、エバンさんに「いきましょう」と言った。エバンさんは笑顔で「うん」と返事をして、私の手を取って歩きはじめた。足元に目を降ろすと、レイムの花が咲いていた。小さくて儚い可憐な花が、風に小さく揺れていた。

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