二十九歳 エピローグ
この海のずっとその先に。
「ねぇ、エバンさん。」
「ん?」
久々の休日を部屋でまったり過ごしていたエバンさんを唐突に呼んだ。すると彼はとても穏やかな顔をして、私の方を見た。
「久々に、行きたいところがあるの。」
「うん。行こう。」
まだどこかも聞いていないのに、エバンさんは言った。今からリオレッドに行きたいって行っても、彼は連れてってくれるんだろうか。
――――行って、くれそうだけどな。
「行くよっ!」
「うんっ!」
子どもたちをラルフさんとレイラさんに預けて、私はエバンさんとウマに乗った。彼はまるで初めてデートしたあの日のように、ウマを走らせた。ウマに乗って風を切る感覚は、何度体験したって気持ちがいい。
「飛ばすよ!」
「うんっ!」
私が風を感じている間に、ウマはあっという間に進んでいった。そして私の希望通り、初めてデートをしたあの丘のふもとへとすぐにたどり着いた。
「足元、気を付けてね。」
「うんっ。」
あの日以来、ここには来ていない。
相変わらず足元は全く整っていなくてすごく歩きにくかったけど、エバンさんは私の手を取って進んでくれたおかげで、しっかりと前へ足を進められた。
思えばエバンさんと結婚してからずっと、こうやって歩き続けている気がする。道を作っているのは私ってみんな言ってくれるけど、まだ整備されていない歩きづらいところでも、先を歩いてくれているのはエバンさんの方だ。
「うん。やっぱりイイね。」
頂上に着くと、木々の間からあの日と同じように海が見えた。それを確認したエバンさんは、両手を大きく広げて伸びをした。私も同じように伸びをして、体いっぱいに空気を取り込んだ。
「気持ちいい。」
「うん。」
あれから半年の月日が流れて、私は29歳になった。気が付けば転生をする前の年齢と、同じところまで来てしまった。
「みんな、元気かな。」
半年の間でリオレッドの復興は順調に進んで、避難していた難民の人たちはみんな無事国に帰ることが出来た。まだ完璧にすべてが元通りとはいかないようだけど、ひとまず落ち着いて本当に良かったと思う。
「そういえばゾルドおじ様が、またお花を育て始めたんだって。」
「へぇ。」
そしておじさんは、内戦が終わって2か月くらいたって、無事目を覚ました。彼が目覚めた時すでにテムライムに帰っていた私はまだおじさんには会えていないんだけど、最近は頻繁に手紙のやり取りをしてる。
「また帰ったら、
「
「言わないけど、多分好きだと思う。」
あの日の約束を、近いうちに果たしに行こうと思う。そして得意げな顔をして言うんだ。"元通りでしょ?"って。
「そう言えばケンがね。リオレッドじぃじのとこで暮らしたいって言ってきたんだ。」
「へぇ、ケンがね。」
リオレッドの復興支援のために、私と子どもたちは1か月くらいリオレッドに滞在した。その間ケンもカイも私やじぃじの仕事を近くで見ていたんだけど、見ているうちにパパの仕事に興味を持ってくれたらしい。
「可愛い子には旅をさせよ。」
「ん?」
ルナもカイもいるから、私はリオレッドには行けない。それにエバンさんだって仕事があるからいけないから、長期で滞在するとしたら一人で"留学"みたいなことをさせることになる。
「前の世界にね、そんな言葉があったの。心配は心配だけど、お勉強させに行ってもいいのかなって思ってる。」
「そうだね。」
一人で行かせることに不安がないと言ったらウソになる。でもあっちには見守ってくれるたくさんの"家族"がいるから、きっと大丈夫。やりたいと思ったことをやらせてあげるのが、親としての私の仕事だと思う。私もそうしてもらったように。
「船が、いっぱいだね。」
「そうね。」
私が最初ここに来た時、船はたしか1隻しか見えなかった。でも最近は船の数もどんどん増えて、それに今は前世で言うコンテナヤードみたいなコンテナ置き場が建設中だ。それだけじゃなくて、これから貿易はもっともっと発展していくと思う。
「ねぇ、エバンさん。」
「ん?」
同じ国の人同士が戦い合っても、船がいくら増えたとしても、海はいつも変わらずキラキラと輝いている。エバンさんがあの日言ったように、ここに来るとそれを思い出せる気がする。
「この海の向こうにはね、リオレッドがあるでしょ?」
「うん。」
ここからでは見えないけど、この先の方向にはリオレッドがある。みんなが大切に守った、リオレッド。私のルーツの、リオレッドが。
「リオレッドのその先にはルミエラスがあって…。」
その先にはルミエラスがある。私はあの一件から行けてないんだけど、実はあのルミエラスのキモ王が数年前に暗殺されたから、そのうち行けるんじゃないかって思っているのは秘密の話だ。
「それでね、ルミエラスのその先には、きっと違う国があると思うの。」
まだ発見されていないだけで、きっと他にも国はある。この世界に3つしか国がないって決めつけるのは、もったいないことだと思う。
「いつかね、まだ知らない国にも行ってみたい。」
まだ知らない国には何があるんだろう。
もしかしてルミエラスよりもっと発展している国があって、スマホとか車とかがすでにあったりして。考えるだけでワクワクするし、早く行きたいって衝動に駆られる。
「でもね、そのためにはもっと大きくて丈夫な船が必要になると思うの。誰かに開発をお願いしなきゃね。ルミエラスにお願いしに行くのが一番いいかな。」
どこにあるか分からない国を探しに行くには、長時間の航海に耐えうる船が必要だ。次に開発するのは船にしようかな。早速王様に話を付けに行こうかしら。新しく駒が追加になったカレッタを、また王様とやりたいし。
「リア。」
相変わらず一人でごちゃごちゃと考えている私を、エバンさんは呼んだ。「ん?」と言って彼を見上げると、彼の瞳はあの日と変わらず赤く穏やかに燃えていた。
「僕もちゃんと連れてってよ。」
「もちろん。」
ウマを見つけて馬車を作って、そしてたくさんの道や制度を作って…。
この世界に転生してから、我ながらたっくさんのことをしてきたと思う。でも一人では何もできなかった。みんなの力があってこそ、私は自由奔放に生きてこられた。
この世界に転生して、そんな当たり前で大事なことを、身をもって勉強してきた気がする。
もし私のように転生した人がいたとして、その人が孤独につぶされないように、私の物語を小説にでも残しておこうか。もちろん"日本語"で書いたものも、そして出来れば"英語"で書いたものも残しておけるといいな。
「あ、そうだ。」
また海を見つめていたエバンさんが、いきなり大きな声で言った。驚いて彼の方を見ると、まだ夕陽も落ちていないのに、彼は赤い頬をしていた。
「ミナミデさんって、君の前の旦那さん?」
「へ?!?」
懐かしい名前が出てきたことに驚いて、今度は私が大きな声を出した。
どうしてエバンさんが"南出さん"の名前を知ってるんだろう。
「違う…。違うよ。」
疑問は一旦置いておいて、私ははっきりとそれを否定した。するとエバンさんは少し不服そうな顔をして、「そっか」とだけ言った。
「でも…。大切な人、ではあったかもしれない。」
彼がいなきゃ、彼に出会わなければ、私はエバンさんにだって出会えなかった。だから彼は私にとって、"恩人"みたいな人なんだと思う。
「はぁ…。やっぱりか…。」
「ふふっ。」
"大切な人"と聞いて、エバンさんは何かを勘違いしているみたいだった。
本気でガッカリそうな顔をしている彼が可愛くて、思わず笑ってしまった。
そんな私たちを、穏やかな海だけが見ていた。この海だけはもしかしてどこかで元の世界に繋がってるのかもしれないって気がしたのは、きっと勘違いなんかじゃないと思う。
ーENDー
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