第60話 いつまでも変わらない私達


「そうですね。明後日にはテムライムから軍の派遣があると思うので…」

「お前はいつでもお前だな。」



エバンさんがレイヤさんに伝言を伝えに言っている間に街の人とこれからの段取りをしていると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。いつもぶっきらぼうだけど、私にはそれがすごく優しく聞こえる。



「…アルっ!」



振り返ってみると、そこに立ってたのはやっぱりアルだった。片足重心で立って腰に手を当ててこちらを見ていたアルは、私が名前を呼んだのに対して、片手を軽く上げて答えた。



「アル…っ!」



ジルにぃに再会した時と同じように、言いたいことはいっぱいあった。

よく頑張ったねとか、無事でいてくれてありがとうとか、"いつも通り"でいてくれて、ありがとうとか。


でも言いたいことがありすぎて言葉が出なくなった私は、壊れたスピーカーみたいにもう一度アルの名前を呼んで、そのまま勢いよく抱き着いた。



「ただいま…っ!」



迷った末に選んだ言葉が、絶対に間違っている気がする。

でもアルはあきれた様子でため息をついた後、「おかえり」と言って私の背中にポンと手を置いた。



「お前はいつでもジッとしてられないのかよ。」

「え…、うん。そうだけど…。今更?」



アルと出会ってもう20年以上。私はいつだって止まっていなかったじゃない。

今更当たり前のことを言わないでって思ってアルの顔を見ると、アルはきょとんとしている私を見て「ハハハッ」と声をあげて笑い始めた。



「そう、だったな。お前はいつもせわしないやつだ。」

「なにその言い方っ。それにアルにだけは言われたくないっ。」



アルは勉強している時だって、いつも止まってなかったじゃない。

私は本を読んでる時くらいはジッと座ってたし。



心の中でそう思って、アルの目を見た。するとなぜだか笑いがこみあげてきて、思わず「ふふふ」と声を出して笑ってしまった。するとそんな私を見て、アルは「何がおかしいんだよ」と言った。


人にそんなことを言っておきながら、アルもクスクスと笑っていた。



「ねぇ、アル。」

「ん?」

「私ね、みんなが戦ってる時ね。王様とカレッタしてたの。」



何の話?って顔をして、アルが私を見た。私はクスッと笑って、「それでね」って話を続けた。



「いいところまで行ったんだけど、負けちゃったの。本当は私も勝ったよって報告したかったのに。」

「なんだよそれ。」



あの日結局私は、王様との勝負に負けてしまった。今でも思いだすと悔しくて、すぐにでももう一回戦始めたいくらいだ。私の話を聞いたアルは呆れた顔をしたけど、何だかちょっと楽しそうだった。



「お前はいつものんきだな。」

「ふふっ。」



想像した通りのことを言われて、心がほっこりした。

よかった。これを伝えられて、本当に良かった。



「アル。」



するとその時、伝言を終えたエバンさんが私達の方に寄ってきた。アルはそんなエバンさんにも軽く片手をあげて、「おう」とあいさつをした。



「ああ。色々と世話になった。ありがとう。」



私には言ってくれなかったのに、アルはエバンさんに深々と頭を下げた。こんな風に人に頭を下げられるきちんとした大人に育ってくれたかって、私が育てたみたいなことを考えた。



「これからが本番だよ。」



エバンさんはそんなアルの肩に手を置いて、にこやかに言った。するとアルはゆっくり頭をあげて、「そうだな」と言って笑った。


漢の友情、再びだ。



「あ、そうそう。アル、ここにも港を作りたいの。それで明後日からテムライムから軍を派遣してもらって、それで…」

「ちょ、ちょっと待て。」



用件のみをペラペラと話す私を、アルが食い気味で止めた。大事な話してるんだから止めないでよって思ってにらむと、アルは大げさにため息をついた。



「情報が多すぎる。順を追って話してくれ。」

「もう…っ。」



めんどくさいなぁと言わんばかりに、今度は私がため息をついた。そしてさっき開いていた地図のところにアルを連れて行って、今後の流れについて話した。



「分かった。こちらの軍もそれに合わせて動かす。」

「了解。それじゃ私、一旦レルディアに帰ってこのことウィルさんに報告してくる。」



テキパキとお互いの役割を決めて、私は一度キルエアールを去ることにした。とはいってもテムライムの軍が派遣される明後日には、私はまたここに来る。だからアルには「じゃあね」とあっさり挨拶をして、エバンさんと一緒にまたウマに乗った。



「…なんか。」

「ん?」


ウマに乗ってしばらくした頃、エバンさんが少し低い声を出した。どうしたんだろうと思って振り返ってみると、彼は複雑そうな顔をしていた。


「なんかちょっと、嫉妬するな。」

「何に?」



このタイミングで一体どうしたんだろう。疑問符をたくさん浮かべて振り返ると、エバンさんは困った顔で私を見た。



「リアとアル。すごく息が合ってるから。」

「ふふっ。」



なんだ。私とアルにか。

もうエバンさんとだって10年以上一緒にいるのに、まだ嫉妬とかしてくれるんだって少し嬉しくなっていたのは秘密の話だ。



「そりゃそうよ。付き合い長いもの。」



でもしょうがない。私は物心ついた頃から、ずっとアルと一緒にいた。

そりゃ息が合ってもおかしくないだろうって冷たいことを言うと、エバンさんは悲し気に笑って「そっか」と言った。



「僕もがんばろっと。」

「頑張れ。」



他人事みたいに言うと、エバンさんは不服そうな顔をしていた。

それをやっぱり嬉しい気持ちで見ていたことに、多分エバンさんも気づいているんじゃないかなって思った。

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