第53話 前に、前に


「ごきげんよう。アリア・ディミトロフと申します。」

「はい。お伺いしております。」



おなじみだった門番のおじさんは、数年前に引退してしまった。今日はあまり見慣れないおじさんにいつもより丁寧にあいさつをすると、おじさんは私の顔を見て誰か分かってくれたみたいで、すんなりと門を開けてくれた。



そして足を踏み入れた王城の中も、ところどころ壊れているように見えた。それにお城の中にいる人たちはみんな忙しそうに動き回っていて、復興に向けてたくさんの人が動いているんだろうなってのがそれだけでよく分かった。



「みんな頑張ってるんだね。」

「そうだね。」



そんな光景を眺めていると、私も頑張らなきゃって思った。エバンさんと一緒にそれを再確認して奥の方へ進もうとしていると、向こうの方から見慣れたシルエットが歩いてくるのが見えた。



「…っ!」



私は王城の中にいるって言うのに、わき目も降らずその人の元に走った。私が走っているのを見てその人も小走りでこちらに寄って来て、そして子どものときにしていたみたいに私を軽々と抱き上げた。



「…ジルにぃっ!」

「リア、よく来たね。」



生きててくれてよかったとか、よく頑張ったねとか、おじさんは大丈夫?とか…。たくさん言いたいことがあるはずなのに、言葉は全然出てこなかった。その代わりに涙があふれて止まらなくなって、私は首に絡めていた手にグッと力を入れた。



「苦しいよ、リア。」

「ご、ごめん…っ。」



ジルにぃは笑いながら私を降ろして、そして改めてにっこり笑った。たくましくてまぶしい笑顔だった。



「リア、ありがとう。」

「ううん…っ。よかった、本当に…っ。」



こっちの方がありがとうを言いたいくらいだった。私のたくさんの大事なものを守ってくれてありがとうって、本当は私が言わなきゃいけないところだった。それなのにジルにぃはもう一度「ありがとう」と言って、私の頭にふわりと手を置いた。



「これからも、お世話になるよ。」

「もちろん…っ!」



君に出来ることは何もないと言われたあの日。自分には何もできないんだって、私はいらないって言われたんだって思うと、絶望感に押しつぶされそうになった。でも今は"よろしく"って頼ってくれている。それだけのことなのになんだかすごく嬉しくなって、私は大げさに大きくうなずいた。



「先に…父さんに会いに行く?」



するとジルにぃはそんな私を満足げな顔で見た後すぐ、困った顔になって言った。おじさんがどんな状態なのか、本当はここから走ってでも見に行きたい。出来る事なら起きるまで張り付いて、様子を見ていたい。



「ううん。」



でも私はジルにぃの提案を、首を横に振って断った。



「王様とウィルさんと、これからの話をするのが先。」

「でも…。」



そしてはっきり伝えた。するとジルにぃはもっと困った顔になってそう言った。そんな風に言われたら私の気持ちも揺らいでしまいそうになったけど、私はもう一度首を横に振った。



「おじ様は…。おじ様なら、きっとそうしろって言うから。」



もしおじ様が目を覚ましていたとしたらきっと、自分のところになんてとどまっていないで、好きに動きなさいと言ってくれると思う。悲しい顔で私がずっと横に座っていたら、おじ様まで悲しくなって起きてくれなくなるかもしれない。



「それにおじ様が起きた時、もう全部元通りになったよって言ってあげたいの。」



そしておじ様が目を覚ました時、まだリオレッドが傷だらけだったら悲しむに違いない。目を覚まして元気になったリオレッドを見れば、もっともっと元気になるに違いない。



「だから、行きましょう。」



だから私はどれだけでも早くマージニア様とウィルさんに会って、これからテムライムや私が出来ることを話し合いたい。決意込めて言った私の言葉を聞いて、ジルにぃは困り顔を笑顔に変えてうなずいた。



「そうだね。その通りだ。」

「うんっ。」



ジルにぃはすぐに方向を変えて、王城の方へと歩き出した。私もエバンさんも力強く進む彼の後ろをただひたすらについていった。

ここにいる人の足は、前に前に進んでいる。誰一人として立ち止まっている人なんていない。そんな姿を見ているだけで、復興はきっと遠くないってことがよく分かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る