第52話 行ってきなさい
「リア。パパはもういいから、ママのところに行ってあげて。家でリアを待ってると思うから。」
しばらく抱き合った後、パパはうるんだ瞳で言った。私は元気に「うん!」と、素直な返事をした。
「またすぐに戻ってくるから、その時お話ししましょう。」
早くママにもあってハグしたいのはそうなんだけど、ここでパパとは話すべきことがたくさんある。ママ以外にも会いたい人がたくさんいるから、一通り挨拶したらすぐ来るからねってメッセージを込めて言うと、パパはにっこり笑って「わかった」と言った。
「パパ、無理はしないでね。ケガもしてるんだから。」
「はい。」
包帯を巻いているのに汗までかいて働いているパパに念押しして言った。パパは素直に返事をしたけど、言う事を聞く気がしない。だから周りにいた部下の人たちにあまり動かせないでほしいと無理なお願いをして、エバンさんと一緒に家の方へと向かった。
家の周りは幸いにもあまり大きな被害はなさそうだった。ところどころレンガが剥がれているところとか大きなゴミみたいなものが落ちているところはあったけど、それでも生活に不便はなさそうでひとまず安心した。
「ママ…っ!!」
自分の家が見えてきたと思った頃、玄関周りを掃除しているママの姿が目に入ってきた。姿が見えたと同時に名前を呼ぶと、ママは勢いよくこちらを見た後、掃除道具を捨ててこちらに走ってきた。
「リア…っ!!!」
「ママァ…っ、よかったぁ…。」
パッと見だけど、ママにケガはなさそうだった。それでもきっと拘束されるなんて経験をしたら、心は傷ついているんだろうなって思った。
「大丈夫…っ?痛いところはない?ご飯は…っ?」
それにママは少し痩せた気がした。危険にさらされている間もしかしてご飯を食べさせてもらえなかったんだろうか。心配になって一気に質問をすると、ママは笑って「大丈夫」と言った。
「なんだかいつもと反対みたいね。」
言われてみれば、いつもリオレッドに帰ってきた時にママが私に同じようなことを聞く気がする。そう思ったら少し面白くなって、思わず笑ってしまった。するとそんな私をみて、ママもキレイな笑顔になった。ママはすっかりおばあちゃんになったけど、今でもまるでお花が咲いているようにキレイだ。
「エバン君も、ありがとうね。」
「いえ。ご無事で本当に良かったです。」
パパには私より先にあったみたいだけど、ママには会えてなかったらしいエバンさんもすごく安心した顔で言った。私はしばらくその場でママと抱き合って、この幸せをかみしめた。ママはどんな時でもいい香りがする。
「エバン君。この子また何かご迷惑をお掛けしたって聞いたけど…。」
とても心地よくて穏やかな香りがするのに、ママは何か耳の痛いことを言った。まさか脱走したことがママにもバレていたことが恥ずかしくなってうつむくと、エバンさんは「はい」とはっきりと言った。あんまりだ。
「今回に関しては僕も怒りました。」
怒った内に入らない気がしたけど、エバンさんははっきりした口調のまま言った。するとママは小さく「ごめんね」とエバンさんに言った。
「いいんです。その後すぐに許してしまったので。」
「わかるわ。私もいつもうちの人にそうしてしまうのよ。」
するとなぜか共感した二人は、お互いにうなずきながら言った。やっぱり私とパパは本当に似ているんだなって、その会話を聞いていたら実感した。
「ずるいわよね、本当に。」
「そう、思います。」
私を置いてけぼりにして、二人は目を合わせてうなずき合った。
目の前でこんな話されていると居心地が悪いなって思っていると、今度はママが私の方を見て、「リア」と力強く言った。
「王城へ行ってきなさい。」
「え?」
力強く呼ばれたもんだから、怒られるのかと思った。予想もしていなかったことを言われて驚いていると、今度はママはにっこりと笑った。
「あなたにしか出来ないこと、やりにきたんでしょ。」
ママは笑顔のまま言った。昔は"女の子らしくしなさい"とか、"他のこと同じように早く結婚して家に入りなさい"なんて言っていたママが、今はこんなことを言ってくれるようになった。
「パパみたいに、いつだって他人のことを一番に考えられるのが、あなたのいいところよ。」
そして笑顔のまま言った。
"パパみたいに"って言ってもらえたことが、何よりも嬉しかった。
「しっかり、働いてきなさい。」
「ありがとう。行ってきます。」
他人のために今でも汗をかいているパパのように、私も自分に出来ることをしに行こう。改めて思った私は大きくうなずいて、王城の方へと足を向けた。
「あ、ママ。」
しばらく進んだ頃、私は足を止めて振り返った。ママは私がリオレッドにいた頃みたいに、玄関の前で立って私を見送ってくれていた。
「今回は、ここに泊まるからね。」
何度もリオレッドに来ていたのに、あの時以来家に泊まれていない。今回は絶対に家に泊まる。なんならパパとママと三人で寝たい。
私の謎の決意を口にすると、ママは「もちろん」と自信満々に言った。
「メイサが張り切って用意しに来てくれるわ。」
「嬉しい。行ってきます!」
こうやって少しずつ、少しずつ取り戻していこう。そのために私が今すべきことを、王城にしに行くんだ。私は前を進んでくれるエバンさんの腕を自分の腕に強めに絡めて、その決意を示してみせた。
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