第50話 絶対に、ダメだ
「そろそろだね。」
「うん!」
そしてあっという間に、ウマはレルディア周辺へと到着した。私は何を見ても驚かないようにしようと多分無理なことを考えながら、気持ちを整えるためにももう一度だけ大きな深呼吸をした。
「こ、れは…。」
いよいよ目に入ってきたレルディアには、いたるところに戦いの後が見えた。幸いにも人的被害はほとんどなかったってことは聞いているけど、あれだけキレイだった街並みには、たくさんの傷跡が残っていた。
「リア。とりあえず行こうか。」
「う、うん…。」
さっきまで何を見ても驚かないようになんて思っていたはずなのに。衝撃で今にも倒れそうになっている私を支えるように、エバンさんはウマから降ろしてくれた。そして私は一歩一歩かみしめるように、その足を前へと進めた。
「…。」
言葉が出なかった。
見慣れた街がまるで知らない街になってしまったかのようにボロボロになって、歩いている人たちにも活気がないように見えた。
前世でだって"戦争"というものを言葉でしか聞いたことのない私にとって、これが初めて目の当たりにする"戦争"の爪痕だった。
「戦争…。」
起こしてはいけないものだと、たくさんの人が傷つくものなんだと、私は充分すぎるほどに教育を受けてきたはずだ。政治的なことに関わらせてもらうようになってからも、前世で学んだその考えをいつでも大切にもっていたはずだ。
「これが、戦争なんだね。」
でも見るのと聞くのでは全く意味合いが違った。
キレイな街並みは崩れ、人がたくさん死ぬ。そして残された人にだって、たくさんの傷が残る。それはもちろん身体にも、そして心にだって傷が残る。
――――これが、戦争。
「前の人生でもね、戦争があったの。」
ゆっくりと歩きながら、エバンさんに前世の話をし始めた。エバンさんは悲しそうな声で「そうなんだ」と相槌を打ってくれた。
「私が生まれるずっと前の話だから、私が経験したわけではないの。私はただ経験をした人から戦争がどんなものだったのか、話を聞いただけ。その戦争はこの内戦よりもっと長くて、もっと悲惨なものだった。」
前世のおばあちゃんやおじいちゃんも何度も繰り返し私に戦争の話をしたし、映画とかドラマだってたくさん見た。それでも実際に体験したことがない私は目をそらしたくなるくらい悲惨で辛い"事実"を、どこか他人事としてとらえて見ていた気がする。
「でも今回のことだってそうなってもおかしくなかったんだと思う。」
でも今回の事は、決して他人事とは言えない。私の目に今映っているのは映像でも再現でもなくて、変えようのない現実だ。今回は期間も短くて規模もあの戦争に比べたら小さかったのかもしれないけど、小さなきっかけでもっと戦火が広がってもおかしくはなかった。
「絶対、繰り返したらダメだね。」
分かっていたはずの言葉を、心から口にした。何度だって言われてきたことを、心の底から実感した。
こんなことは最後にしなくてはいけない。今回のことだって防ぎようがなかったことなのかもしれないけど、でも言い訳をして逃げてはいけない。
「人が傷ついて、大切な人を失って。そして残された人だって街だって、たくさん傷を負ってる。」
だって事実、この街に今笑っている人なんて一人もいないじゃないか。
みんなどこか傷ついた顔で、それでも負けずに踏ん張って、なんとか頑張っているように見える。生きるために何とか頑張っているだけじゃないか。
「絶対、ダメだ。」
「そうだね。」
リオレッドでだってテムライムでだって、もちろんルミエラスでだってこんなことは二度と起こしてはいけない。そんな決意を込めて力強く言うと、エバンさんは私の目をしっかりと見て答えてくれた。
「僕たちも全力を尽くそう。」
そして彼は強い目をして言った。私と同じくらい、彼の目にも決意が込められているのが分かった。
「全力を尽くしてみんなを元気にするんだ。」
「うんっ。」
起こってしまったことを悔やんでも仕方ない。
考えるべきはこれからどうしていくかで、今私たちが最優先してすべきなのはみんなを早く元気にするためにどうすればいいのかだ。
「さあ、行こう。きっとリアが顔を見せるだけでみんな喜ぶよ。」
「そうかな?そうだといいな。」
みんな元気がないからこそ、私が笑顔でいなくては。エバンさんにおだてられた私は調子に乗って、うきうきした気持ちでエバンさんと腕を組んで、街の方へと歩き出した。
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