第41話 覚悟はしていたはずだけど
「ってことで、私も一回船に乗ろうかと思っています。」
「ってことでって…。」
帰って早々にラルフさんに色々と報告をした後、そう宣言をした。エバンさんは相変わらず呆れていたけど、ラルフさんは大きくうなずいて「そうか」と言った。
「王様にはご報告しておいで。」
「はい。」
エバンさんを置いてけぼりにして話を進める私たちに大きなため息をついて、エバンさんも「分かったよ」と言った。
「僕も行くからね。」
「そんなのは当たり前。私たちは運命共同体なんだからっ。」
「この間一人でリオレッドに行ったのは誰かな?」
「てへっ。」
上手く乗せようと思ったのに、逆に痛いところをつかれてしまった。何の言い訳も出来なくておどけてみせると、エバンさんは呆れてまた大きなため息をついた。
「王様と、お約束してくるね。」
「ありがとう。」
でも呆れた顔のまま、エバンさんはそう言ってくれた。
頼もしい旦那様を持ったなと嬉しくなって、まだあきれ顔のエバンさんを笑顔で送り出した。
☆
そして次の日、早速王様が時間を取ってくれることになった。私はエバンさんと一緒に王城に向かって、昨日ラルフさんにしたように視察の報告と訪問に行きたい話をした。
「君が国民を励ましに行くのには賛成だ。しかし…。」
すると王様は少し黙った後、一度は賛成したのに逆説を付け足した。その逆説に少し嫌な予感がし始めた私は、こぶしを握って次の言葉を待った。
「今はやめた方がいいかもしれない。」
「え?」
さっきは賛成したはずなのに。
すぐにやめた方がいいって言葉が出てきたことに加えて"今は"って表現が気になった私は、思わず身を乗り出して「どうしてですか?」と質問をした。
「実は明日にでも、両軍が直接対峙するのではないかと言われている。」
「直、接…。」
マージニア派とイグニア派が、直接対峙する…。
それはリオレッドに行った時に避けられないことだって聞いてきたことだし、私もそうだって思っていたはずのことだ。それなのに現実味を帯びた瞬間、体の奥から震えが湧き上がってくる感じがした。
「リア、大丈夫かい?」
いきなり言葉を止めた私を、王様が心配そうな顔で覗き込んだ。私は何とか笑顔を作って、「ええ」と答えた。
「覚悟はしていたつもりですが…。出来てなかったみたいです。」
覚悟は出来ていると思っていた。みんなは大丈夫だって信じて、待つしかないって思っていた。でもそう思ったところで心配が消えるわけではないらしい。
正直に答えると王様はにっこり笑って、「当たり前だ」と言った。
「心配になるのも当たり前のことだ。私だって本当は今も落ち着かないんだ。」
本当に落ち着かない様子で王様は言った。
なんだ、私だけじゃないだって、少しだけホッとした。
「どうなるかは誰にも予想がつかない。そんな状況の中、海岸まででも君が行くのは危険すぎる。」
王様は不安そうな顔のままそう続けた。
どうなるか分からない。それは多分私達にはもちろん、リオレッドの最前線にいる人たちにも分からないことなんだと思う。
「少しだけ、様子を見よう。」
「そうですね。」
だから今は信じて待つしかない。王様の言う通り、私が行って邪魔をしてしまえば、戦況が不利になってしまってもおかしくない。
「信じて、待ちます。」
決意を込めてそう言うと、王様は笑顔でうなずいてくれた。私もそれにうなずき返して、お互い頑張ろうねって、心の中でそう言った。
「し、失礼します…。よろしいでしょうか。」
するとちょうどその時、ドアの外から誰かの声がした。
私達が来ている最中で誰かが入ってこようとするなんてことは初めてのことだった。その声を聞いた王様が私たちの方を向いたから、どうぞって意味を込めてうなずいた。それを見て王様が「入れ」と声を出すと、ドアから遠慮がちに入ってきたのは、宰相のトマスさんだった。
「す、すみません。お話し中に…。あ、あの…。」
「どうした。」
トマスさんは私達を見て、すごく言いにくそうな顔をした。
もしかして聞かれたくない話かもしれないな、と思った。
「あの、私達は話も終わったことですし、先に…。」
「いや、大丈夫だ。」
もう切り上げて帰りますと伝えようとすると、王様は手のひらをこちらに向けてそう言って、自分から立ち上がった。そして入口に立っているトマスさんの方へ行って、何やら小声で報告のようなことを聞いた。
「リア。」
しばらく何かを聞いた後、王様は振り返って私の名前を呼んだ。
どうしたんだろうと思って首を傾げると、王様はさっきより数段悲しい顔をしている気がした。
「誰かの口から聞くくらいなら、今ここで俺が伝えたい。」
え、なにを?
まるで告白前みたいなセリフを、王様は言った。
夫の前で告白されても困りますよと、心の中でありえないことを言った。
「父上が、ゴードンが。拘束、された。」
「え…?」
バカみたいなことを考えていた私の頭に飛び込んできたのは、信じられない言葉だった。王様はとても端的に分かりやすく言ってくれたはずなのに、しばらく理解が追い付かず静止してしまったのは、理解を追いつけたくなかったからかもしれない。
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