二十八歳 密輸

第26話 うん、彼ですね


「お、早かったすね!」



無事海岸にたどり着いて、またクラドさんは笛を鳴らした。するとレイヤさんはまたしばらくした後待ち合わせ場所に来た後すぐ、爽やかな顔で言った。



「ありがとうございます。」



私を船に乗せようとしてくれるレイヤさんにお礼を言いながら、あまり乗りたくない船に乗った。しばらく船でドライブが出来ないかなと思ったけど、クラドさんたちもみんな乗り込んだことをちゃんと確認したレイヤさんは、私の希望もむなしく船を全速力で走らせはじめた。



「はぁ…。」

「どうしたんすか!うまく行かなかった?」



ため息をつく私に、レイヤさんは聞いてくれた。私はゆっくりと首を横に振って、「いいえ」と言った。



「上手くはいったの。行ったんだけど、帰るのが怖くて…。」



何を言ってるんだって顔で、レイヤさんは私を見ていた。言葉にするのも恐ろしいと思った私は深いため息をついて、テムライムの方を見つめてみた。



太陽の光が降り注ぐ海は、どんな時でもキラキラと輝いて美しい。

どうかこの穏やかな海のようにエバンさんも穏やかでいてくれますようにとお願いをしてみた。そんなこと、あるはずもないのに。





「見えましたね~!」



そしてやっぱりあっという間に、テムライムの姿が見え始めた。もう少しゆっくりで良かったのにって思って、もう一度大きなため息をついた。



「ん?」



するとレイヤさんが、遠く向こうに見えたテムライムの方を見ながら首を傾げた。どうしてんだろうと思っていると、レイヤさんはこちらを振り返ってニヤリと笑った。



「お迎えが、来てますね。多分リアさんの。」



それはもしかして、冥途の入り口までのですか?



と思ったけど、どう見てもテムライムはまだまだ遠くて、人が見えるわけがないって思った。



「もう。冗談よしてよ。」



こんな時に冗談はやめてほしい。

そう言うとレイヤさんは不思議そうに首を傾げて、「本気っスけど」と言った。



「こいつら、感覚が異常なんだ。」



すると横で会話を聞いていたクラドさんが言った。

どういう意味だろうと思ってクラドさんの方を見ると、彼はなぜかニヤリと笑ってこちらを見ていた。



「聴覚も視覚も嗅覚も、2倍も3倍も優れてる。」



驚いて今度はレイヤさんの方を見ると、彼は得意げな顔で笑っていた。



だから、あの笛が聞こえたのか…。


信じたくなかったけどどこにいてもあの笛の音が聞こえるってことが、それが本当だってことを証明しているようだった。私は怖さに震えそうになるのを何とかおさえながら、「えっと」と言った。



「だれ、が?」

「う~ん。誰かはわかりませんが…。」



レイヤさんはそう言って、ジッとテムライムの方を見つめた。

そこに来ているのがどうか、エバンさんでありませんようにと願った。



「黒髪に~…赤い目をしてますね。」



うん。エバンさんですね。



それはどう考えても、エバンさんの特徴だった。私と同じくエバンさんのことを知っているクラドさんは、薄情にもケラケラと笑っていた。私は大げさに「はあ」と声を出しながら、大きなため息をついた。



「相当怒ってますね~あれ。両手を組んであぐらをかいて、ジッとこちらを見てます。」



聞いてもないのに、知りたくない情報が入ってきた。

ここまで来て知らなかったフリも出来ない私は、「一人?」とだけ聞いてみた。



「いや~、数人いますね。その人たちはウマスズメに乗ってますけど。」

「そう、ですか…。」



部下の人がそばについていてくれているんだろう。

これから部下の人たちの前で怒られることになるのか、または離婚しろと言われることになるのか…。恥ずかしさと恐怖でついに身震いし始めた。



「どうしよう。もういっそのことここで海に飛び降りてしまおうか…。」

「観念しろ。」



この期に及んで逃げようとしている私に、クラドさんが言った。

なんだか私が悪者みたいじゃんって思うようなセリフに、素直に「はい」と言って答えた。私が悪者だし。



そんな会話をしているうちに、私の目にも徐々に誰かのシルエットがうつり始めた。誰だか知っているからか、見慣れた人だからかは分からないけど、シルエットだけでも誰がそこにいるかは明白だった。



ああ、どうか…。

どうかジャパニーズスタイル土下座で許されますように。



思ったより早い再会になりそうなことに、胸がドキドキと音を立ててなり始めた。そんな状況でも穏やかな海が、今は少しだけ憎らしく感じられた。

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