第25話 みなさん、また
「それではそろそろ帰ります。あまり長居すると、テムライムで内戦が起きるらしいので…。」
手紙を書き終えて、私は早々に立ち上がった。みんなはやっぱり困った顔で笑いながら、「そうだね」と言って同意してくれた。
「ポルレさんはどうします?今なら一緒に帰れますけど…。」
そもそも私がリオレッドに彼を連れてくるきっかけを作ったんだから、責任もって連れて帰られなければいけない。そう思って聞いたのに、彼は首を横に振った。
「私のことは、どうかお気になさらず。気を付けながら調査を進めますっ。ご迷惑はお掛けしませんので。ホホホッ。」
強制的に連れて帰ることだって出来ないこともないんだろうけど、彼の好きにさせてあげようって思った。だって彼は二度目の人生を、好きに生きているんだから。
「わかりました。でもどうかご無事で。」
「ええ、ありがとうございますっ。ホホッ。しばらくはこの場所をちょっとだけお借りして周辺の調査がしたいのですが…っ。」
「構いませんが、本当にお気を付けて。」
ウィルさんに「ありがとうございます」と言ったポルレさんは、早速なにやら準備を始めた。この人も私と同じくらいおかしな人だなって思った。
「リア。」
するとしばらく大人しく話を聞いていたアルが、立ち上がって私の前に来た。そしてしばらく目の前に立ったまま、何も言わなくなった。
「アル。」
しびれを切らしたのは私の方だった。
何も言わないアルの名前を逆に呼ぶと、彼は子供の頃から変わらないまっすぐな目で私を見ていた。
「死んだら殺すから。」
意味の分からない無理なことをちゃんとアルの目を見て言った。するとアルは急に「フッ」と吹きだすように笑った。
「どうすんだよ、それ。」
「どうやるんだろうね?」
自分で言い出したのに、意味が分からな過ぎて笑ってしまった。するとアルもクスクス笑って、「しらねぇよ」と言った。
「おじ様も、ジルにぃもウィルさんも。テレジア様も、みんなそうだよ。死んだら地獄の果てまで追いかけてやるから、覚悟しておいて。」
意味分からないって思ったのに、私は続けて言った。するとみんな楽しそうに笑いながら「わかった」と言ってくれた。わかってるはずがないのに。
「リアも、気を付けて。」
さっきまで一緒に笑っていたジルにぃが、少し心配そうな顔で言った。
もう誰も"何もするな"って、言う人がいなかった。一緒に歩いていいよって言われているみたいに思えた。
「うんっ。」
それが何より嬉しくて、私はこの場に似つかない全力の笑顔でうなずいた。みんな私の気持ちを察したかのように、微笑んでうなずき返してくれた。
「おい、お前。」
そんなほほえましい空気の中で、アルが微笑ましくない声を出してクラドさんを呼んだ。もう少し暖かい雰囲気に浸らせてくれよと、アルを思わずにらんだ。
「責任もって、リアを運べよ。」
物みたいに言うなよと思った。
でもそもそも私がクラドさんに依頼したのは、"私を密輸"することだから、自分だって自分のことを物扱いしてるじゃないかとツッコミを入れた。
「責任なんてないさ。」
するとクラドさんは、はっきりと言った。
「なに?」と言ってアルは怒っていたけど、クラドさんは動じることもなくニヤリと笑った。
「ただ、俺は強い。お前と違ってな。」
自信満々に言う彼の言葉は、やっぱりどこか心強かった。私はまだ怒っているアルを「まあまあ」と言ってなだめて、着てきたマントをもう一度羽織った。
「それじゃあみなさん。また。」
"また"
この二文字には、すごくたくさんの意味が込められている。
みんなもそれを察してくれたようで、ほぼ同時に大きくうなずいてくれた。
もう大丈夫。私も頑張るから。
そんな意味を込めて私も大きくうなずいて、決意を込めて扉を開いた。
☆
「あ~~。帰りたくないな。」
「は?」
この迷路みたいな森からの抜け方は、アルが教えてくれた。来た時よりずっとスムーズに待ち合わせの海岸らしき方向に向かっているのは、方向音痴の私でもよく分かった。
「だってエバンさんがどんな顔してるか…。」
ここまで大きなトラブルなく来られて、無事にカルカロフ家のみんなにも会えた。だからと言って無事帰れる保証はないからまだ気を抜いてはいけないってのは分かってるんだけど、そんなことより帰ってからのことが気になる私は、やっぱり少し気が抜けてるんだと思う。
「ねぇ。クラドさん。あなただって他人事じゃないわ。私を誘拐してるんだから。」
「誘拐って言わないだろう。」
「確かに。」
帰ったらエバンさんに何を言われるだろうか。
ラルフさんに追い出されないようにちゃんと1週間で帰ろうって決めたけど、でもそもそも怒ったエバンさんに離婚を言い渡されたりして…。
クラドさんにも罪を擦り付けようとしたのに、もっともな意見で返されてしまった。
「お前さ。」
クラドさんは何度も「どうしよう」ってダダをこねている私を呼んだ。
エバンさんへの言い訳を一緒に考えてくれるのかと思って、希望を込めて「なに?」と言った。
「怖くないのか?」
するとその期待もむなしく、クラドさんはそんなことを聞いた。
エバンさんに会うのが怖いってさっきから何度も言ってるじゃんと、少しムッとしながら「エバンさんが?」と言った。
「めちゃくちゃ怖いけど。」
「そうじゃなくて。」
でもクラドさんはそれを食い気味で否定した。それ以外何の怖いことがあるんだろうと、私は首を傾げた。
「こうやって無茶して、怖くないのかって。」
ああ、そうか。
確かに私は今めちゃくちゃに無茶をしている。元は自国とはいえ他の国に不正入国して、国の反逆者となっている人たちの元を訪ねたんだから。
「怖くないっていったらウソになるけど…。」
こうやって無茶をしていることが怖くないのかと言われれば、答えは「怖い」になる。いつ見つかるか分からないし、見つかったら私だけじゃなくて色んな人が殺されてしまいかねない。
でも…。
「何もしないで待ってて、もし悲しいことが起こってしまった時のことを考える方がよっぽど怖い。」
そこを恐れてただ何か起こるのが待って、それでもし耐えられないほど辛いことが起こったことを想像する方が、私にとっては怖いことだ。
私の答えを聞いて、クラドさんは「そうか」とだけ言った。質問したくせにあっさりしすぎだろとは思ったけど、それよりエバンさんにどう謝ろうかって考える事の方が先だった。
最終的にはジャパニーズスタイル謝罪を使って、渾身の土下座をしよう。それからも何度もシュミレーションを繰り返しながら、テムライムまでの帰り道を進んでいった。
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