第16話 意外と真面目なんですね


「もうすぐ、ノールだ。」



そこから半日ほどウマを走らせた頃、クラドさんが言った。

最初に見つけた街からここまでたどり着くまで、いくつかの街が壊滅的にやられているのを目にした。


内戦が始まるという連絡が来てからまだ1週間足らずでこんな風になっているなんて思ってもみなくて、気持ちの整理が全く追いついていなかった。



「っていうかクラドさん、リオレッドの道に詳しすぎじゃない?」



頭があまり整理できていないと余計なことを考えてしまうクセのある私は、気の抜けた質問をクラドさんにした。すると彼はまっすぐ前を見たまま、「別に」と言った。



「レイヤから地図を見せてもらっただけで…。別に詳しいことはない。」

「一回見ただけで覚えられるの?」

「当たり前だ。」



いや、全然当たり前じゃないでしょ。


方向音痴の私からしたらすごい能力だと思うけど、やっぱり当たり前って顔をしてクラドさんは言った。きっと身分の差がある限り、こういう有能な能力がそこら中にほったらかしになって無駄になっている。帰ったら才能発掘の旅にでも出かけようかしら。



「おい、着くぞ。」

「は、はい…。」



クラドさんの声でやっと気を取り戻した私は、もしかしてノールもあんな状態になっているんじゃないかとやっと緊張し始めた。ノールはレルディアからは遠いけど、西の方では一番大きな都市だ。



もしここまで内戦が広がっていたとしたら…。



そうなっていたら、もう本当に私に出来ることもなくなるかもしれない。

最後ののぞみをかけて、私はクラドさんの影からそっと、ノールの景色を覗き込んだ。



「ここは…。」



目に入ってきたノールの景色は、私が良く見ていたノールのままだった。



「まだここまでは来ていないみたいだな。」



平和に人々が街の中を行きかっている姿を遠目にみて、クラドさんは言った。私もその言葉に無言で一つうなずいた。



「さて…。どうしますか?お嬢様。」



そこで一旦ウマを止めて、クラドさんが私に聞いた。私はウマに乗ったまましっかりと街の方を見て、「うん」と一言言った。



「ちょっと行ってくるから、しばらく待っててくれる?」

「どこに。」

「え、街に。」



当たり前のようにそう言った私を、クラドさんは驚いた顔で見た。驚いた顔がすごく怖くて、私は思わず身を引いた。



「お前、自分がここにいない存在だって…。」

「分かってる。」



私は密輸されてここに来た身で、絶対にここにいてはいけない存在だ。そんなことは分かっている。でもここまで来たからには、時間の許す限り詳しい状況を調べないと気が済まない。



「私は元はこの国の人間よ。だから大丈夫。」

「かと言って、もし敵の視察団でもいたら…。」



クラドさんの言う通りだ。まだここは無事だからと言って、クソの手下が一人もいないとは限らない。今どんな状況かはよく分からないけど、もしそのクソの手下が私のことを見つけようもんなら、パパもママも一瞬で終わってしまう。



「大丈夫。」



でも私ははっきり言った。根拠のない自信が、どこかにあった。



「ちゃんと当てがあるから。」



それになにも当てもなく聞き込みに行くんではない。絶対に裏切られないと信じている場所が、ここノールにもある。



「わかった。」



あまりにも自信満々に言う私を見て、クラドさんは納得したようにうなずいた。私も同じようにうなずいて、ゆっくりとウマを降りた。



「遠くから見てる。危なくなったらすぐに撤収だからな。」

「分かった。」



当てがあるとはいえ少しは不安を抱えている私には、クラドさんの力強い言葉がとてもありがたかった。それにちゃんとどこかで誰かが見守ってくれているということが、すごく心強かった。



「クラドさん…。」



私がフードをかぶったことをしっかり確認した後方向を変えた彼の名前を呼んだ。するとクラドさんは「なんだ」と言って、ウマの足を止めた。



「意外と真面目なのね。」



成功したら倍払うとは言ったけど、もうすでにお金を受け取っているわけだし、割り切って逃げ出すことだって出来るんだと思う。それでも彼は真面目に私を守るという任務を遂行してくれていて、その上心配までしてくれている。



「うるさい。」



きっとこの人は真面目なんだ。すごくまっすぐなんだ。

前出会った時は方向性が違ったけど、方向性が同じ今は真面目で強い彼がとても頼もしい存在に思える。



「さっさと行け。」

「うん。行ってきます。」



誘拐犯にそんなことを思う私は、やっぱり頭がおかしい。

でも今までいろんな人を見てきてその目に狂いがない自信もある。


だからあの人たちを危険にさらさないためにも、しっかりとやることをやって帰ろう。そう心に決めて、私は目的地へと足を進めた。

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