第17話 情報調達員がたくさん


クラドさんたちと別れて、私は街へと入った。

あまり深くフードをかぶっていると逆に不自然かなと思って、街に溶け込める範囲で顔を隠しながら出来るだけ自然に歩いているはずだけど、多分はたから見たらちゃんと不審者だと思う。


別に悪いことをしに来ているわけでもないのに、ドキドキが止まらなかった。

これは…。あれだ。車に乗っている時悪いことをしていなくても、警察とすれ違うとちょっとドキッとする感覚に似ているんだ。



遠い昔に感じた感覚に懐かしさを覚えつつ、私はなんとかその目的地へとたどり着いた。



「ごめん、ください。」



そして出来るだけ素早く、目当ての建物の中に入った。中には3人の男の人がいて、忙しそうに仕事をしていた。



「はい。」




手前で荷物を整理していた男の人が私に気が付いてこちらに寄ってきてくれた。

私にはその人に、見覚えがあった。



「お久、ぶりです。」

「え?」



まだ私が誰か分かってない様子の彼に向けて、フードを少し上げて顔を見せた。すると目が合ったその瞬間、彼は信じられないという顔をして言葉を失った。



「ポートウェルさん、突然すみません。」



彼がどこの誰なのか、おわかりいただけただろうか。

彼は私が4歳の時はじめてレルディアの街に出かけた時に会った青年だ。青年って言っても当時青年だっただけで、今では立派なおじさんになってるけど。



あの時彼はメイサに恋をしていたんだけど、ご存知の通りメイサが他の男と結婚してしまったショックでしばらく落ち込んでいたらしい。気分を一新するためにもその後ノールの営業所に異動して、今ではノールで家庭を設けたという話を、パパから聞いていた。


そう。ノールでの私の唯一の"当て"は、パパの会社の営業所だ。



「リ、リ、リ…っ。」

「シー。」



驚きでまだ言葉を失っている彼の口を、人差し指でふさいだ。ここにいてはいけない存在の私と接する人は、出来るだけ少なくしておきたい。他の2人に私が来たことを悟られたくなくて、私は小声でもう一度「お久しぶりです」と言った。



「どこか二人で、お話しできるところはありますか。」



ウェルさんは無言でうなずいて、一旦振り返った。そして他の2人に「ちょっといってくる」とわざとらしく言った後、隣にある倉庫みたいなところに連れて行ってくれた。



「リア様、こんなところで…っ。」

「すみません、突然。」



なにか話しだそうとするウェルさんの言葉を止めて言った。すると私の必死な様子を察したのか、ウェルさんは言葉を止めて一つうなずいた。



「あまり長居できないので、要点だけ。近くの街が襲われているのを見ました。一体何が…。」



長居するとウェルさんに迷惑がかかるかもしれない。それにあまりクラドさん達を長く待たせるわけにもいかない。私は心なしか早口でそう聞いた。



「1週間ほど前、イグニア様がマージニア様を追い出そうとする前、カルカロフ家がマージニア様を逃がして…。その後イグニア様が、カルカロフ家や前王の息が多くかかっている場所を次々と制圧しはじめたんです。」



するとウェルさんも同じように、早口で教えてくれた。予想通りのことが起きていることに、とにかく言葉をうしなった。



「見せしめのため、いくつか街がつぶされました。従わなければお前らもこうなると無言で言われている状況です。かろうじてここはまだ無事ですが、いつどうなるか…。」



すごく心配そうな顔をしてウェルさんが言った。

毎日みんな恐怖の中過ごしているんだろうなってのが、その一言で伝わる感覚がした。



「あの…っ。パパは…カルカロフ家は…。」



そして私は一番気になっていることを一気に聞いた。するとウェルさんはその質問に、また大きくうなずいて反応してくれた。



「とりあえず、ボスは無事です。通常通り、レルディアでお仕事をされているはずです。」

「そうですか…。」



あのクソがパパにはまだ危害を加えていないようで安心した。でもウェルさんは少し困った顔になって、「でも…」と言った。



「ボスの方が…。このまま黙っているとは思えません。そのうち何かされるのではないかと、僕たちは噂しています。」

「ふふっ。」



まるでパパって私みたいだなって思ったら笑ってしまった。

いや、私がパパみたいなのか。社員さん達にまでそんな噂されるなんて、パパ、大人しくしといたほうがいいよ。と、一番私が言ってはいけないセリフを心の中で言った。



「カルカロフ家のみなさんは…。」



突然笑い出した私に不審な目を向けながらも、ウェルさんは続けて言った。むしろそっちの方が気になっていた私は、少し前のめりになって耳を傾けた。



「マージニア様とどこかで隠れているはずです。マージニア様が亡くなったという報告は入っていないので、まだ無事かと。」



もしクソに殺されでもしたらあいつは大々的に発表するだろうから、発表がないというのはまだ無事だってのに等しい。厳しい状況には変わりないけど生きてはいそうだって安心して、私は息を「はあ」と吐き出した。



「ですがどこにいらっしゃるのか、詳しい居場所は分かりません。」



ウェルさんはとてもはっきりと言った。

あのクソもまだ見つけられていない人たちを私が3~4日で見つけられるかって考えたら、絶望的な気持ちになり始めた。



「一つだけ。」



絶望的な気持ちになっている私に、ウェルさんが続けて言った。少しの希望を胸に彼の目を見ると、真剣な顔をして私を見てくれていた。



「ノールから北に半日ほどいったあたりに、昔山賊がアジトにしていた住処があります。その辺りで人影を見たと、配達員が言っていました。長年使われていなかった場所です。人影があるはずもないので…。もしかすると、そこにいらっしゃるかもしれません。」



国中を動き回っている配達員の人たちの情報は、確かなものだと思う。まるで彼らが私の情報調達員のように思えて、なぜだかそれがすごく嬉しくなった。



「ありがとう、ございます。」



ここに来たのは半分賭けだったけど、来て本当に良かった。

ここまでの情報が得られると思っていなかった私は、ずっと震えている両手を胸の前で組んで「ウェルさん」と名前をよんだ。



「私がここに来たことは、くれぐれも内密に。もし問い詰められたとしても、物乞いが来たから追い払ったと言ってごまかしてください。」



念のためそう言うと、ウェルさんは大きくうなずいてくれた。私も同じように彼にうなずいて、足早にその場を後にしようとした。




「リア様…。」



出て行こうとする私を、彼は呼んだ。フードをかぶり直しながら振り返ると、彼はすごく心配そうな目で私を見ていた。



「どうか、無理はなさらず。」

「ありがとう。」



もうここに来ている時点で充分無理をしているんだけど、これ以上出来るだけ無理はしないでおきますと心の中で思った。そしてここでつかんだ大切な情報を胸に、クラドさんたちとの合流場所へと速足で向かった。

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