第13話 いかれているらしい私


しばらくウマを走らせて辺りが明るくなった頃、私は目的地へと無事たどり着いた。方向音痴が災いして森で遭難したらどうしようと思っていた私は、ひとまずホッとしてその場所へと近づいて行った。



「誰だ。」



ウマを降りて、門番の人たちの方へと向かっていった。するとマントを着てフードをかぶった私がよっぽど怪しいのか、その人たちは持っていた武器をかまえてこちらを見た。



「ごきげんよう。」



ここで殺されるわけにはいかないから、私はすぐにフードを取った。すると私の顔を見て、門番さんはとても驚いた顔をした。



「アリア・カルカロフと申します。ボスにお会いしたいの。」

「ど、どうして…っ。」



"密輸"と最初に聞いて浮かんだのが、私を密輸しようとしたカワフル地方の人たちだった。だからと言って一度は犯されそうになった人のところに来るのはどう考えても頭がおかしいって分かっているけど、今はそんなことを言っている場合ではない。



「お願いがあって。報酬も用意してるわ。」

「ちょ、ちょっと待て。」



すごく動揺した様子で、一人が門の中へと入って行った。私は出来るだけ堂々とした姿勢でその場に立って、門番さんが戻って来るのを待った。



「来い。」



しばらくすると、その人が帰ってきて私に手招きをした。ここで拒否されてしまえば本当に宛てを失うと思っていた私は、ホッとしながらその人の後ろについていった。



門の中には、自然を生かした住居がたくさん立ち並んでいた。ワシライカ地方に負けずとも劣らないほどその景色が美しくて、思わず見とれてしまった。



「ここだ。」



門番さんは私を奥の奥のほうにある大きな建物の前で止めた。

そして大きな声で「失礼します」と言って、その建物のドアを開けた。



「朝早くから…。どうされました、お嬢様。」

「ごめんなさい、突然お邪魔して。」



そこにいたのは、まさに私を冒そうとしたキス男だった。

あの時のことを思い出して鳥肌が立ったけど、不思議と怖くはなかった。



あの後エバンさんがここに来て、話を付けてきてくれたおかげだろうか。

それとも私はより、もっと大事なことをしようとしているからだろうか。



「お願いがあって、参りました。」



そう言って私は、ラルフさんに頼んで持ってきてもらった巾着を差し出した。そしてその巾着を、ゆっくりと開いてみせた。



「これで、私を密輸してほしいの。」



それは私が必死で貯めたへそくりが入っている袋だった。

昔パパにもらったお小遣いとか、ちょこちょこお手伝いをして貯めたお金を、私は独身時代からずっと大事に持っていた。中にはおそらく10,000円、つまり200万円くらいのお金が貯まっているはずだ。




「密輸…?」



そのお金を見て目を輝かせたキス男は、前のめりになって言った。私は笑顔で「ええ」と言って、うなずいてみせた。



「あの船…。お知り合いの海賊さんの船だと聞いています。今回もそれで、リオレッドまで私を連れて行ってほしいの。」



リオレッドからどこかに私を密輸しようとした船は、知り合いの海賊から借りたと言っていたことをエバンさんから聞いていた。だから密輸してくれる船を出してくれるのは、この人たちくらいだって思った。




「ただし連れて行ってほしいのは、ノールの方。2日以内に私をノールに連れて行って、2日間だけ滞在させてほしい。滞在中の警護もお願いするわ。そしてさらにその3日以内に家に帰してほしいの。」



多分エバンさんは私がリオレッドに向かうことなんて簡単に予測して、港町の方に向かっていると思う。そんなところに行って大型の船に乗り込むことなんて多分出来ないし、それにレルディアに行けたとしても、私がリオレッドに来たことがバレれば計画はすべておしまいだ。


だから私はノールの方から、リオレッドに入国する必要があった。



「これは前金としてお渡しするわ。成功したらこの倍を払いましょう。」



倍を払うなんて約束、エバンさんはもちろん、ラルフさんにもしていない。だから払える保証はないんだけど、そう言うしかなかった。



「お前…。どうかしてるな。」



私のお願いを聞いたキス男は、少し呆れた顔で言った。私も同じように呆れた顔をして、「そうなの」と言った。



「自分でも思うくらい私ってどうかしてるの。でもね、とにかく今は急いでるの。やり方を考えてる時間もないの。」



自分を誘拐して犯そうとした男に頼みごとをしに行くなんて、いかれているとしか言いようがない。でも今はとにかくリオレッドに行って、状況を把握してこなくてはいけない。そしてラルフさんと約束した通り、1週間以内に帰らなければいけない。


もっと慎重に考えれば他の方法もあるのかもしれないけど、考えている時間すら、今の私にはない。



「お前の旦那は俺たちに仕事を回してくれている。その恩はもちろんあるが、俺は貴族のことは今でも嫌いだ。」



するとキス男は、はっきりと言った。

きっとこの人も身分の違いなんかで差別みたいなことを受けたことがあるんだろうなと思った。



「でもお前みたいなイカれたやつは、嫌いじゃない。」



そして続けて、男はニヤリと笑って言った。

交渉が成立したと感じた私も、「ありがとう」と笑顔で言った。



「私はあなたが嫌いよ。」



さらに続けてはっきりと言った。

この人たちはお金で私を誘拐して、売ろうとした人たちだ。だから当然ながら、今でも大っ嫌いだ。



「でも私を褒めてくれる人はみんないい人だって思うことにしてる。」



でもこの人たちがいなくては、私は多分リオレッドに行くことが出来ない。危険がないとは言い切れない。もしかしたらその船で、売られてしまうかもしれない。


でも今は信じる事しか出来ない。いい人って思うしかない。



「行くぞ。お前ら、すぐウマスズメを出せ。」

「交渉成立ね。」



歯切れよく返事をした部下の人たちが、何処からかウマを連れてきた。私は自分も自分が乗ってきたウマに乗って、その人たちの後をついて行った。

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