第12話 久しぶりの暴走



そしてその夜。作戦を決行するときがやってきた。

私はとりあえず寝たふりをして、部屋の中に一人になることには成功した。



この部屋はどうやら角部屋みたいで、窓が部屋の2面にある。まるで逃走してくださいとでも言っているような造りだなと思った。違うけど。



「よし。」



私の今日の一番のミッションは、ここからエバンさんにつかまらず逃げる事だ。多分彼は今も、この病院のどこかにいるはず。自分の夫が一番のハードルってなんだか変な感じはしたし心苦しい気もするけど、でもバレてしまえば絶対行かせてくれないから、バレるわけにはいかない。



「さてさて。」



エバンさんを落ち着けるためにも、一応ごめんなさいの手紙は書いておいた。そんなもので彼が落ち着くとも思えなかったけど、とりあえず申し訳ないとは思っているよという事くらいは伝わるだろう。



手紙を布団の上に置いて、窓の下を覗いてみた。すると片方の窓の下にウマがすでにいて、そこにはマントのようなものをかぶった誰かが乗っていた。



「来てる来てる。」



そしてもう片方の窓を覗くと、そちらには誰も乗っていないウマがいた。手筈通り手配してくれたことに伝わらない「ありがとうございます」を言って、いよいよ作戦を実行することにした。



「やるぞ。」



まず音を立てないように、窓をそっと開けた。そしてその窓から布を繋げて作ったロープみたいなものをたらした。


ロープが下まで垂れたことを確認した後、今度はわざと大きな音を立てて、窓を思いっきり開いた。そしてその後素早く、ベッドの下へともぐりこんだ。



「…リア様?」



すると案の定、ドアの外を警護していた人が恐る恐る部屋に向かって声をかけてきた。私は息を殺してベッドに隠れたまま、誰かが入って来るのを待った。



「失礼いたします。」



しばらくして、小さなノックの後ドアがそっと開く音がした。なんだがすごくドキドキして、同時にワクワクもしている自分がいる気がした。



「…リア様!?!?」



どうやらベッドに私がいないことに気が付いたらしいその人は、大声で私の名前を呼んだ。そしてすぐ開いている窓に気が付いたのか、バタバタと足音を立ててフェイクの窓の方へと向かった。



「リア様!どこへ行かれるのです?!」

「どうした!」



するとその時、騒ぎを聞きつけたのかエバンさんの声が聞こえた。そこで焦っている彼の声を聞いたらすごく申し訳なくなったけど、だからといってここで出て行く気もない。



「リア様が今窓から外へ…っ!ウマスズメに乗ってどこかへ向かわれました!」

「な、なに?!?」



すごく焦った声のエバンさんは、慌てて外に向かったみたいだった。私は誰の声も聞こえなくなるまで、静かにその場で身を潜めた。



「そろそろ…。」



2~3分が経って、完全に声が聞こえなくなった。

まだ油断は出来ないと恐る恐るベッドから顔を出すと、部屋には誰もいなくなっていた。



「…はぁ。」


ひとまずホッとして、ため息をついた。そして今度はもう一つの窓を開けて、さっきの布をそちらから降ろした。



「いくぞ。」



ここは2階で、結構な高さがある。命綱もなしにここを降りていくのはとても怖かったけど、かといって堂々と玄関に向かえば絶対に誰かに見つかってしまう。私は怖がっている自分に自分で気合を入れて、窓のサンに足をかけてゆっくりと外に体をだした。



「怖い…。」



全く下を見れなかった。

色んな人に迷惑をかけて立てた計画も、もし私がここで死ねばすべての意味を失う。っていうかこんなバカな作戦で死にたくなんかない。


数日前まで消えてしまいたいと思っていたのが嘘みたいに意欲的なことを考えながら、慎重に慎重に下へと降りて行った。



「はぁ…。」



そして無事に、地面に足を降ろすことが出来た。ホッとしてため息をついたその頃、遠くの方からエバンさんの声が聞こえた気がした。



「急がなきゃ。」



逃げ役の人が早くつかまれば、私の方に追手が来てしまう。出来るだけ私の目的地と逆方向に逃げるようにとラルフさんに伝えたは伝えたけど、必死になったエバンさんなら、すぐそばで私の偽物を捕まえてしまうかもしれない。



「行こう。」



独り言を言いながら、ウマに近づいた。用意してくれたウマは首から大きな袋をぶらさげていて、多分この中にお願いしたが入っているんだろうなと思った。



「…ん?」



袋を開けてみると、中にはマントや少しの食糧、動きやすそうな服なんかが入っていた。巾着を持ってきてという事だけはお願いしたのに、服やご飯のことまで気が回らなかった。そこまで気をまわしてくれたラルフさんとレイラさんにもう一度感謝して、その袋をギュっと抱きしめた。



「行って、来ます。」



そして改めてつぶやいて、ウマに乗った。一人でウマに乗るのは、なんだかすごく久しぶりだった。



「よろしくね。」



私をこれから目的地へと連れて行ってくれる相棒に声をかけて、手綱を持った。



「行こうっ!」



勢いよく手綱を引くと、ウマが走り出した。

夜の少しひんやりとした風を切っている感覚が心地よくて、初めてウマに乗ったあの日のことを思い出した。数年前に死んでしまったポチは、今頃じぃじと私を見てくれているだろうか。



風が迷いを全て吹き飛ばして、もっと頭がクリアになった。



さあ、行くんだ。

久しぶりに暴走するよ!


――――みんな、待ってて。




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