第8話 背中の見えない羽
不安そうな顔を見たら、こんなところで一人で悩んでいるのが申し訳なくなった。子どもにまで心配をかけるなんて、本当に私はだめなやつだ。
「カイ。」
ママ失格なママでごめんね。
両手を広げて名前を呼ぶと、カイは私の胸に飛び込んできた。せめて少しでも不安な気持ちを晴らしてあげたくて、私は力強くカイを抱きしめた。
「どうやってここに?」
「連れてきてもらったよ。」
ドアの方を見て見ると、隙間から騎士団員の人が覗いているのが見えた。"ありがとう"の意味を込めてうなずくと、彼も少し笑ってうなずいて、そっとドアを閉めてくれた。
「ママ、大丈夫?お熱、ない?」
抱き締められながら顔を上げて、カイは聞いてくれた。私は笑顔で「うん」と言って、カイの頭を撫でた。
「よかった。」
穏やかに笑うカイの瞳は、エバンさんに似て穏やかに燃えていた。この目を見ると私は本当に安心する。頭が少しだけ正常に戻った感覚がして、私も穏やかに笑うことが出来た。
「座ろっか。」
「うん。」
きっとママがいないことがどうしても不安で、わがままを言って連れてきてもらったんだろう。正常な頭がそう判断した途端、自分が思っているよりたくさんの人に迷惑をかけているのが申し訳なくなり始めた。
でもそんな気持ちをカイに伝えるわけにもいかなくて、私はカイと一緒にベッドに座って話をすることにした。
「今日はなにをしてた?」
「今日はね~、訓練に行って~お勉強して~。あと、ルナとおままごとしたよ!」
「そっか。ありがとね。」
とっくにおままごとなんてする年齢じゃないのに、カイはよくルナに付き合っておままごとをしてくれている。ママがいなくても同じような毎日を送ってくれていることがたくましくて、そして少し寂しかった。また必要ないって言われている気持ちになった。
「僕ね、今日はお姉ちゃん役だったんだよ。」
「お姉ちゃん?」
「うんっ。ルナ、お姉ちゃんが欲しかったんだってさ。」
生意気にそういうルナが想像できて、少しおかしくなった。でもカイが少しだけ寂しそうな顔をしたから、私はカイの頭にポンと手を置いた。
「優しいお兄ちゃんが二人もいるのにね。」
「だよね。いつもひどいよ、ルナは。」
カイは特に優しいから、いつもルナに好きなように言われている。
困った顔をしながらもちゃんと言う事を聞いているカイは、本当に優しくていいお兄ちゃんだと思う。
「ありがとね、いつも。」
そんなカイの優しさに、いつも甘えすぎている気がする。
カイとケンはいつもセットで、一人をこんな風に甘やかすことも出来ずに来た気がする。だから今日はカイだけを甘やかそうと決めて、照れたように笑うカイをもう一度ギュっと抱き締めた。
「ママ。ちょっと後ろ向いて。」
「え?」
するとすぐに私の体を離して、カイが言った。どうしてだろうと首を傾げていると、カイは「早く」と言って私をせかした。
どういう意味があるのか分からないけど、私はゆっくりと後ろを向いた。するとカイは「う~ん」と小さな声で言った後、「やっぱり」とつぶやいた。
「見えないな…。」
「何が?」
何の話をしているか分からなくて、頭にたくさんはてなを浮かべたままカイを見た。するとカイも同じように首を傾げて、「あのね」と言った。
「ママには羽が生えてるって、ばぁばが言ってたんだ。」
「え?」
私に、羽が生えている?
全く意味がわからなくて、私はさらに首を傾げた。するとカイは今度はにっこり笑って、私の目を見た。
「ママは誰かを助けるとき、羽が生えるんだってさ。」
笑顔で言うカイの瞳が、とてもまぶしかった。
レイラさんがそんなことを思っているなんて知らなくて、胸が少し熱くなる感じがした。
「ねぇ、ママ。元気になったら、今度は何をするの?」
「え…?」
そして続けてカイは言った。
疑いのない、まっすぐな瞳で。
「聞いたよ。リオレッドが危ないって。だからママ、何かするんでしょ?」
まるでそれが当たり前のことかのように言った。
私が何かするってことが当たり前だって言っているみたいに、そう言った。
目の前のモヤが、驚くほど一気に晴れていく感覚がした。視界がどんどんクリアになってきて、頭の中にごちゃごちゃ溜まっていた何かも、一瞬でどこかに飛んで行った。
「だから今も羽が生えてるのかなって思ったんだけど…。」
何かが起こった時、私が行動をする。
それはカイの中でとても当たり前なことで、疑いようもなかったんだ。
故郷のピンチに動揺して、その上大好きな人に"何もできない"と言われてしまった。
その悲しさと悔しさのせいで、私は大事なことを忘れていた。
確かに私に出来ることはないのかもしれない。大人しくしていることが、本当は"正解"なんだろう。
でも今まで、私がその"正解"を選択してきたことなんてあっただろうか。勝手に家を抜け出してウマを連れてきて、そして王様に意見して、ルミエラスからも勝手に抜け出して…。
思い返しても全部"不正解"じゃん。
誰がどこからどう見ても、全然正解なんて出せたことがなかったじゃん。
でも違うでしょ?
常識を超えた正解が、あるんでしょ?
そう言ったのは、ジルにぃだよ。
「やっぱり僕には見えないや。」
確かに私は無力だったけど、それでも歩みを止めたことはなかった。
何もできることがない状況でも、それでも何が出来ないかって考えてきた。歩みを止めて待つことが正解なんだとしたら、私は前に進む不正解をいつも選んできたじゃない。
「見えるよ。」
少し悲し気に言うカイに、はっきりとそう言った。するとカイは少し驚いた顔で、私の方を見た。
「カイに見えるまで、ママ、頑張るよ。」
私がこの子たちに見せたいのは、言われた通り大人しく待っている私の姿ではない。
レイラさんが言ってくれた"羽が生えた"姿なんだ。
だから私はこの子が私の羽を見るまで、立ち止まることは出来ない。
「うんっ!ママ、頑張れ!」
こんなにも力のある"ガンバレ"を、私は知らない。
今まで死んでいた精神が一気によみがえっていく感じがして、嬉しくなってカイを力強く抱きしめた。
「いたいよ、ママ。」
「ごめんごめん。」
私はこれから、色んな人に謝らなければいけないことをする。
もしかしたら私が、居場所を失うかもしれない。
それでももう歩き出した足は止められそうになくて、クリアになった頭が作戦を考え始めていた。
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