第7話 お願いだから、助けてよ


そしてその日。

エバンさんは家に帰ることを許してくれなかった。


きっと家に帰れば、子どもたちの面倒を見ようとしたり、ジルにぃから今までもらった手紙を読み返そうとしたりして、余計疲弊していく私が想像できたからだろう。それにここにいれば、監視を付けやすいんだろう。


エバンさんはとにかく私がおかしくなってしまわないかって、心配してくれている。今日もここで一緒に寝ると言われたけど、でも私は一人になりたいとそれを断った。エバンさんの顔を見ていたら、"信じて耐えろ"と責められているような気持ちになりそうだったから。



「そんなわけ、ないのにね。」



そんなことないことは分かってる。断ったってエバンさんがきっと隣の部屋あたりにいることも想像がついている。でも私が私でなくなる前に何とか頭の中をリセットするためには、どうしても一人になる必要があった。



「…キレイ。」



どうせ寝られないから、窓を開けて外を見てみた。

この病院はどうやら少し山の方にあるらしくて、辺りが暗いおかげで星や月がキレイい見えた。


悩むたびこうやって窓から月を見てきた。

心情によって見える月は変わるはずなのに、今日目に入ってくる月も星も、とても輝いてキレイに見えた。


私は辛いとかしんどいとか言いながら、本当はそこまで辛いと思っていないんだろうか。キレイに見える月さえも、今日は私を責めてるみたいに見えた。



「ねぇ、じぃじ。」



ぼんやり空を眺めていると、そこにじぃじがいるような気分になり始めた。もしかしてリオレッドの危機を察して、降りてきてくれているんだろうか。だったとしたら今すぐにでもどうにかしてくれればいいのに。



「ごめんね。」



死んだ人にまで八つ当たりをするなんて、本当にどうにかしてる。

私の精神は崖の際すれすれに立っていることを思い出して、空に向かって謝った。誰も答えてはくれないけど、また少し冷静になれた感じがした。



「リオレッドにはね、宝物が、いっぱいあるの。」



頭がいっぱいになった時は、言いたいことを言えばいい。独り言なら誰にも迷惑をかけない。八つ当たりをすることもない。


崖から少しでも遠ざかるために、私は空に向かって思っているままの言葉を発した。



「パパやママ。ジルにぃやアル。ウィルさんやゾルドおじさん。メイサだってそうだし…。それにカミラさんのワッフルのお店もそうよ。」



みんなみんな、私の大好きな家族だ。私の帰る場所だ。

それが危険にさらされているのであれば、私が守りたかった。何か力になれないかって、考えたかった。


大事なものを守るために"何もできない"ことが、何より辛かった。



「宝物、おいてきたのが悪かったのかな。」



そもそも宝物なのに、遠くに置いてきてしまったのが悪かったんだろうか。いっそのことテムライムになんて来ないで、そばにいたらよかったんだろうか。


そうしたら、守れたんだろうか。



「作ったのが、悪かったのかなあ?」



いや、そもそも、大切なものをたくさん作ってしまったのが悪かったんだろうか。

宝物なんて作らなければ、失うかもしれない辛さも何もできないもどかしさも、味わうことはなかったんだ。



「大事なものなんて、持たなきゃよかった。辛い想いするくらいなら、一人で生きればよかった。」



今まで何度も宝物に助けてもらってきた。宝物をたくさん持っていたから、頑張れたこともあった。

でもそもそも一人なら、一人で生きていたなら、助けられることも頑張ることも出来なかったけど、辛い想いだってすることもなかったのかもしれない。



「じぃじ、どうしよう。」



じぃじ、どうしよう。どうすればいいんだろう。

悩んでも仕方ない。私が落ち込んだところで状況が良くならないこともわかってる。


何もできないって言ってくれたのがみんなの優しさだってことくらい、分かってる。



「でも…。それでも辛いんだよ。」



分かってても、辛い。分かってても、何度だって考えてしまう。



「助けてよ…。」



お願いだから、どうか助けて。

あの頃のみたいに見ているだけで安心するような顔で笑って、「大丈夫だ」って言って。そして誰しも尊敬してしまうような大きな背中で、私を、私達を助けてよ。



「…ママ?」



届くはずのないお願いを空に向かってしたその時、ドアの方から消えそうな声が聞こえた。驚いて振り返ると、そこにはドアからそっと顔をのぞかせている、カイの姿が見えた。


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