第6話 曲げられない信念


「…ん。」

「リア。」



私は目を覚ましてしまった。

でも目の前にあったのは部屋の天井ではなくて、どうやら病院の天井みたいに見えた。



「気分は悪くない?」

「ここ…。」

「うん。」



窓際に立っていたエバンさんは、ゆっくり私のベッドに腰を下ろした。そして頭を優しく撫でてくれた。



「病院。念のため連れてきたんだよ。」



エバンさんはきっと、私がおかしくなるんじゃないか不安でここに連れてきたんだと思う。今も私を見下ろす彼の目の下にはくっきりとクマが残っていて、きっと一睡もできなかったんだろうなって思うと申し訳なくなった。



「どう、なった?」



私は自分でもわかるくらい、本当におかしくなる一歩手前のところに立っている。大好きなエバンさんをここまで心配させているって分かってるのに、もっと気になることで頭がいっぱいだった。



「ねぇ、リオレッドはどうなったの?パパやママは?ジルにぃは?アルは?マージニア様…」



どのくらい寝てしまったんだろう。寝ている間にリオレッドはどうなってしまったんだろう。みんな無事なのか、生きているのか。これからどうなってしまうのか。それに…。



「リア。」



やっぱり頭がいっぱいになっている私の思考回路を遮るみたいにして、エバンさんに抱きしめられた。フワッと香った彼の香りで、パンパンになった脳みその空気が少しだけ抜ける感覚がした。



「大丈夫だから、お願い。一回、深呼吸して。」



エバンさんは抱きしめたまま、とても落ち着いたトーンで言った。空気が少し抜けた頭に、彼の声がやっと響いてきた。

私はそこで素直に大きく息を吸って、そして全部それを吐き出した。



「一昨日の夜、ラスウェル家がマージニア様の家を襲撃した。」



少し私が落ち着いたのが分かったのか、エバンさんはしっかり私と目を合わせて言った。さっきまで落ち着いていたはずなのに、まるで鈍器で殴られたみたいに、頭がガンガンと痛んだ。



「マージニア様はカルカロフ家と一緒に逃げて…。今はどこにいるのか分からない。」



そしてエバンさんは隠すことなく言った。

自分で聞いたくせに、耳をふさぎたい気持ちになった。



「とりあえず、ゴードンさんやアシュリーさんは無事だ。」



エバンさんはそこで初めて厳しい顔を少しだけ崩して言った。

ホッとするところじゃないって分かってはいるんだけど、それを聞けて少しだけ安心している自分がいた。



「でもこれからきっと、国を巻き込んだ争いになっていくと思う。」



なのにエバンさんは、続けてまた厳しいことを言った。

それもそうだろう。王様がその弟を殺そうとして、そして"騎士王"のいる一家が、それを守ろうと反逆しているんだから。



それに私にはなんとなく分かる。

きっとパパはこれから…。これから、イグニア様に反発して、結局逃げることになるってことが。



パパがそういう人だって、娘の私が一番知っているんだから。



「リア。」



そうなったら、ママやメイサはどこに逃げるのだろう。

ママはきっと野宿なんてしたことがないだろうから、そんな環境に耐えられるだろうか。パパもママももう年なんだから、出来れば大人しくイグニア様に従っていてほしい。



「リア?」



でもそれが出来れば苦労しないんだと思う。

パパがここまで貫いてきた"信念"は、今更になって曲げられるものではない。


それにきっと私がリオレッドにいたとしても、同じことをしていたはずだ。ジルにぃやカルカロフ家のみんなと同じように、多くの人が幸せになる可能性のある道選んでいたと思う。


分かってる。そんなことは分かってる。

だから私はみんなのことが好きなんだ。そんな風にいつもまっすぐに、自分を犠牲にしてまで誰かのための信念を貫こうとしている人たちが、大好きなんだ。


分かっては、いるけど…。



「信じよう。」



またあれこれ考えだした私の思考を遮るみたいに、エバンさんはもう一度私を抱きしめて言った。



「君の大好きな彼らは、そんな弱くない。きっと大丈夫だ。」



どこまでも落ち続けている私にはその言葉が、"君に出来ることは何もない"と言っているように聞こえた。エバンさんにまで、今回私に出来ることは待つことだけなんだって言われている気がした。

悲しかった。辛かった。何もできないことがこんなに辛いことなんて、知らなかった。



「うん。」



せめて目の前にいる大切な人を少しでも安心させたくて、思ってもないのに"うん"と言った。でもそんな私の気持ちもすべて、エバンさんには分かっているんだろうなと思った。

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