第74話 緑茶の真相
「ファーブルさんご本人なのかと、思いました。」
落ち着きを取り戻した私たちは、一旦さっきの椅子に座った。てっきり転生したファーブルさんにでも出会ったんだと思っていた私がそう言うと、彼は「ははは」とまともな笑い方をした。
「僕はただの…ファーブル昆虫記好きの、虫取りおじさんです。」
「それにファーブルはフランス人です」と付け足して、田中さんは言った。ファーブルさんがフランス人だったということを、そのセリフで初めて知った。まさかこの世界で前の世界について新しい発見をするなんて、思ってもみなかった。
「あの…先ほど"また"と…。」
そう言えばさっき、田中さんは"また会えた"と言っていた気がする。私以外にも転生者に会ったことがあるのかと聞いてみると、田中さんはにっこり笑って「ええ」と言った。
「僕がこの世界で初めて会った"日本人"は、浅田健司さんという方です。」
「おじい、様…。」
予想は何となくしていたけど、彼が会ったことがあるらしい日本人はおじい様だった。田中さんの言葉を聞いてすぐ反応すると、彼は少し驚いた顔をして「知っていたんですね」と言った。
「はい。実は家の書斎で彼からの手紙を見つけて…。」
「なるほど。」
田中さんはすごく納得した様子で言った。
もしかしておじい様は誰かに手紙を残すことを、彼に伝えていたのかもしれないと思った。
「彼が転生者と知ったのは、健司さんが"鎖国政策"を取った時です。」
すると田中さんは、遠い目をしてそんな話を始めた。
おじい様の手紙は読んだことがあるけど誰かの口から話を聞くのは初めてで、私は食い入るように話に聞き入った。
「新しい政策の名前を耳にした時、彼が転生者だということを確信しました。そして僕は仲間を見つけたのが嬉しくて、取り合ってもらえないとわかっていてもディミトロフ家へ向かいました。」
気持ちはすごく分かる。もし私が転生者を見つけたとしたら、よく考えることもなく会いに行っているかもしれないなと思った。
「もちろん僕なんて、門前払いされました。なんせ僕は"階級外"としてこの世に産まれた身ですから。」
"身分"みたいな概念がないあっちの世界から転生してきていきなり"階級外"になるって、どんな気持ちなんだろうと思った。商人の娘として産まれてきてすぐは文句を言っていた私だけど、あの頃の私を殴りたいとすら思った。
「でもなんとか隙を見て健司さんに近づいて、日本語で書いた手紙を渡しました。そして私たちはお互いが転生者だという事を知ることになったんです。ディミトロフ家と関わりが出来たのは、それがきっかけです。」
でも次の瞬間、彼はにっこり笑って言った。
その顔はすごく穏やかだったから、見ているこっちまで気持ちがほっこりし始めた。
「自分だけが異質な存在ではないと知れたことは、僕のこの人生において本当に大きな出来事でした。」
「分かります。」
それはきっと私があの手紙を見つけた時と同じ気持ちだろうなと思った。
痛いほど気持ちが分かる私が食い気味で同意すると、田中さんは「ですよね」と言って笑った。
「向こうの世界では虫の研究をしておりまして…。それを伝えたらこの世界でも研究をさせてもらえることになりました。それで健司さんはこの場所にこの家を、与えてくれたんです。」
「なる、ほど…。」
田中さんは愛おしそうに部屋の中を見渡して言った。
田中さんにとってこの家は、健司さんとの思い出がたくさん詰まった大切な場所なんだなと思った。
「そして僕は彼に恩を返したくて、このお茶を作りました。」
そして田中さんは、巾着袋を私の方に手渡しながら言った。なんだかここに来てからの全ての疑問が線でつながった感じがして、また涙が出そうになった。
「それで、緑茶…。」
「ええ。」
田中さんから受け取った巾着からは、緑茶の香りがふわっと香った。
私は巾着をギュっと抱き締めて、懐かしくて暖かい気分に浸った。
「リア?」
するとその時、入口の方からエバンさんの声がした。いきなり聞こえた声に驚きながらも「は~い」と返事をすると、エバンさんは少し焦った顔で部屋に入ってきた。
「ごめん、なんか
その言葉の背景を察した私は、素直にうなずいて「もちろん」と言った。するとエバンさんは「ありがとう」と言ってすぐ、また玄関から外へと出て行ってしまった。
「あのそれで…。よろしければリア様…、いや、鹿間さん…かな?」
エバンさんが出て行ってすぐ、田中さんはためらいがちにそう言った。私は田中さんの言葉を、首をゆっくり横に振って否定した。
「リアの方で、お願いします。」
そしてはっきりとそう言った。すると田中さんもにっこり笑って、「では」と言った。
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