第75話 高貴な生の始まり
「僕のことも、ポルレとお呼びくださいね。ほほっ。」
"リアと呼んでほしい"と言った私に答えるみたいに、さっきまでの丁寧な姿勢を急にやめて、ポルレさんモードに戻った田中さんは言った。また特徴のある笑い方をしたことに首を傾げていると、田中さんは優しい顔で笑った。
「僕は生前、とても暗い男でした。」
そしてまるで今も死んでいるみたいに言った。私って幽霊と話しているのかと思ったらちょっとおかしくなったけど、真剣に話を聞くために黙っておくことにした。
「虫のことばかり研究していたせいか…。人付き合いはとても苦手でした。死んだ時50を過ぎていましたが結婚をすることもなく、虫と一緒に暮らしていました。」
それは今も同じなのではないかとツッコみかけたけど、それも何とか寸前のところで飲み込んだ。すると田中さんは今度は私の目を見て、愉快に「ほほっ」と言った。
「だからせめて2回目は明るく生きていきたいんです。ほほほっ。」
そのキャラ付けのせいでエバンさんに"クセのある人"と呼ばれていることは、秘密にしてあげることにした。私はそんな田中さん…いや、ポルレさんの言葉に、にっこり笑って「そうなんですね」と相槌を打った。
「あの、よろしければ…。リア様のお話もお聞かせいただけませんか?」
ポルレさんに戻ったはずの彼は、少しかしこまった様子で聞いた。元日本人の心がしっかり顔を出してるよと思いつつ、「はい」と答えた。
「私は…。前世では貿易事務のお仕事をしていました。」
「なるほど。だから流通の改革をされたんですね。」
「改革というほどでもありませんが…。そうですね、少し整えさせてもらいました。」
ポルレさんは楽しそうに笑って「ご謙遜を」を言った。
彼の愉快で癖のある笑い方を見たら私まで楽しくなってきて、同じように笑ってしまった。
「僕が死んだ時…。天使と名乗る少女が言ったんです。」
するとポルレさんは、穏やかな顔になって言った。
私以外の転生者も、あのうさん臭い天使に会っていたのかと思うと、少しだけ安心した。
「転生者は適材適所に回されるんだと。実際僕がこの世界に転生してきたとき、虫に着目して研究をしていた人なんて全くいませんでした。だから僕はこの世界だったのかなと。」
アイツめ…。
そんな話、私には一切しなかったじゃないか。
半分怒りつつ言葉を出せずにいると、ポルレさんは不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「私は彼女に…単に人手不足のところに回されるんだと言われました。」
アイツが私にした説明を、そのまま丁寧にポルレさんに伝えた。すると彼はやっぱり愉快に「ほほほ」と楽しそうに笑った。
「いい加減な天使ですな。」
「ほんとにそれです。輪っかだってアタッチメント方式だったし。」
「ほほほっ。私の時もそうでしたよ~。本当に懐かしい。」
私も懐かしいんだから、ポルレさんなんてもっと懐かしいに決まっている。思い返せばあの選択をした時、こんな未来が待っているなんて思ってもみなかった。転生後にこうやって共感できるはずがない事をお話できる相手に出会えたもの、もしかするとアイツのおかげなのかもしれないと少しだけ思った。
「僕は彼女に転生を打診された時、思い出した言葉があるんです。」
すると今度は田中さんモードになったポルレさんが言った。コロコロと態度が変わるから、まるで二人の人と話しているみたいだなと思った。
「死は終わりではない。さらに高貴な生への入り口である。」
彼がとてもまっすぐ真剣な目をして言うもんだから、思わずその瞳に見とれてしまった。するとポルレさんはにっこり笑って、「かっこいいでしょ」と言った。
「これは僕が勝手に"師"と思っている、ファーブルの言葉です。」
ファーブルさんのことは、昆虫博士みたいな人だってくらいにしか知らない。今だって私は虫が好きになったわけじゃないから話を聞こうとも思わないんだけど、ポルレさんがファーブルさんのことをめちゃくちゃ好きだってことだけは、その目からひしひしと伝わってきた。
「僕はこの言葉通り、高貴な生の入口に立ったんだと、その時思いました。そしてその入り口に立たせてもらったからには、この世界で全力を尽くすと決めたんです。」
そしてそのまっすぐの目のまま、彼はそう言い切った。
ひたすら動揺ばかりして何も考えていなかった自分が、すこしだけ恥ずかしくなった。
「リア様も、きっとそうなんでしょうね。」
「私は…。」
私はそんな素晴らしい事なんて考えていない。"高貴な生の入り口"にあの時いたのかと聞かれたとしても、「そうです」と即答することもできない。
――――でも…。
「私はこの世界に来て、暖かい人ばかりに出会いました。そしてこの世界の私の祖父ともいえる存在に、"恩返し"の大切さを教わりました。」
さっきポルレさんが健司さんに"恩返し"をするために緑茶を作ったと言ったように、私もじぃじやパパ、お世話になった人たちに何か恩を返したくて、ここまで頑張ってこれた。
「高貴な生なんて…私には難しくてよく分かりませんが、私はいつも誰かに恩を返したくて、頑張っているんだと思います。それに一度死んでいるからこそ、半分やけくそで行動できたのかもしれませんね。」
今まで考えたこともなかったけど、私が大胆に動けるのはもしかして一度死を経験しているからなのかもしれないと思った。すると私の言葉を聞いて、ポルレさんは「そうですか」と言って優しい顔で笑った。
「あなたは自覚されてないかもしれませんが、僕から見ればあなたは充分"高貴な生"の道を歩んでおられます。今だってこうやって、国のために動いているじゃないですか。」
リオレッドまで行ったのに何も出来なかったとどこかで後悔している私の心に、その言葉は充分すぎるほど深く響いた。その暖かい言葉をいつまでも心の中にとどめて起きたくなって、取りこぼさないように両手を自分の胸の前で組んだ。
「僕に出来ることは、なんでもさせてください。これも健司さんへの"恩返し"ですから。」
そんな私に、ポルレさんは念押ししていった。嬉しさで言葉を失った私が大きく一つうなずくと、彼は「ほほほ」っとポルレさんモードになって笑った。
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