第35話 何度だって最初からやり直せる



「お約束を、しませんか?」



出来るだけ穏やかな声で、私は言った。

するとゼギドアさんは片方の眉毛をあげて、私の目をしっかり見た。



「もう暴力行為は行わない。そしてこちらから要請した場合、奉仕活動にも従事すると約束してください。」



マントさんにした話を、そのままゼギドアさんにした。するとそれを聞いたゼギドアさんは「それは…」と言って何か話そうとした。



「その代わり。」



その言葉をさえぎって、私は自分の話を続けた。



「あなた方の領地回復と仕事の斡旋、そしてしばらくの食糧支援については、ディミトロフ家が責任をもって行いましょう。」



私がそう言ったのを聞いて、ゼギドアさんは動きを止めた。私はそこで初めて、にっこりと笑ってみせた。



「もちろん人質も、俺たちが絶対に助ける。」



ラルフさんは私に続くようにして力強く言ってくれた。それはゼギドアさんだけでなく、私にとっても心強い言葉だった。



「すべてを吞んでお約束していただければ、今回の罪も奉仕活動をしてもらうことで相殺させていただきます。もちろん捕まっている方以外を、罪に問うこともしません。」



それを聞いたゼギドアさんは、明らかに驚いた顔をした。そして小さな声で、「なんで…」とつぶやいた。



「君の先代のボスには…。」



するとそこで、ラルフさんが話を始めた。私もゼギドアさんも、静かに次の言葉を待った。



「すごくお世話になったんだ。」



さっきまで怖い顔で剣を持っていたラルフさんは、持っていた剣を床にゆっくりと置いて言った。



「仕事としてやってもらったのももちろんだが、何か困ったことがあったらすぐに駆け付けてくれて…。そうやって信頼関係を築いてきたつもりだ。」



ラルフさん声はとても穏やかで、聞いていて心地よくなるほどだった。

話を聞いていたゼギドアさんは、いつの間にかうつむいて地面をジッと見つめていた。



「ワシライカとは何か特別な縁のようなものを感じている。君たちが困っているというなら、本当は私に真っ先に相談してほしかったんだ。」



今度は少し悲しげな顔でラルフさんは言った。きっと言っていることは本音なんだろうなということが、その表情から痛いほどに伝わってきた。



「また1から、関係を築かないか?」



ラルフさんの言葉を聞いても、ゼギドアさんはうつむいたままだった。



「兄さん。」



すると今度は後ろから、マントさんの声が聞こえた。振り返ってマントさんをみると、彼も少し悲しそうな顔をしていた。



「暴力を振るった俺に、この子は言ったんだ。」



マントさんの声は、まるで別人かのように穏やかだった。同じ人の声でも気持ちでここまで違うのかと、驚くほどだった。



「自分がこらえれば負の連鎖を断ち切れるって。恩が恩で返ってくるように、暴力は暴力で返ってくるって。その言葉を聞いて思い出したんだ、父さんの話を。」



父さんというのは、先代のボスのことだろうか。

暴力を振われた人を同情するのも変かなと思ったけど、悲しい顔を見たらこの人にだって事情があったのかなと思い始めている自分がいた。



「俺たち、何度だって聞いたじゃないか。ディミトロフ家への感謝の気持ちを。ラルフ様がいらっしゃるから、自分たちはここで生きていけるんだって、父さんは何度も俺たちに伝えてきたはずだ。」



ラルフさんが昔何をしてきたのかは詳しく分からないけど、これも"因果応報"だなと思った。もしラルフさんが何もしてくれていなかったら、もっとひどいことになっていたかもしれない。


改めて私はいろんな人に守られているなと、そこで実感した。



「目先の問題をとにかく優先して、本当に大事なことが見えなくなってたんだ。もうやめよう。兄さんもわかってるはずだ、これでは解決にならないって。」



ゼギドアさんは相変わらず何も言わなかった。

でも膝に置かれていた両手がグッと握られているのが、答えみたいに見えた。



「アリア、様。」



するとマントさんが、唐突に私の名前を呼んだ。

呼ばれてると思っていなくて驚いたまま振り返ると、彼はすごく申し訳なさそうな顔をして私を見ていた。



「本当に、すみませんでした。」



彼はそう言って、深く頭を下げてくれた。



"信頼の上に、人は立っている。"



じぃじの言葉を、そこで思い出した。

されたことは忘れない。謝られたって傷がいえるわけじゃないし、子どもたちやママへの罪悪感だってまだ残っている。


だからと言ってここで私が彼を恨んでしまっては、同じことが繰り返されるだけだ。今私に出来るのは、上に立てるほどの信頼関係を作る事なんだと思う。



――――そうだよね、じぃじ。



聞こえるはずはないけど、青い空に向けて聞いてみた。雲一つない空がじぃじの代わりに「そうだよ」って言っている気がした。



「いいんです、もう。未来のことをかんがえましょう。」



青空に後押しされて、私は言った。隣で暖かく見守ってくれていたラルフさんが、私の背中にポンと大きな手を置いてくれた。

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