第36話 小説タイトル変更の危機


「それじゃあ、確認させてもらう。」



それからラルフさんは、改めて二人の口から事の顛末を聞いた。



「現在も数名をカワフル地方のやつらに拘束されているという事で間違いないか。」

「はい。間違いありません。」



さっきとは打って変わって、素直になったゼギドアさんが言った。カワフル地方というのはワシライカの西側にある地域で、昔はいがみ合いもあったようだけど、最近ではお互い得意な大工仕事を分け合ったりして、いい関係を築いていたそうだ。



「いつからか、なぜか仕事がカワフルにのみ流れるようになりました。最初は領地をやつらに売って何とか生き延びていたんですが…。そんなのはその場しのぎで、どんどん生活は苦しくなりました。」



いつからか、なぜか、仕事があちらにのみ流れる…ね。

尋問をした時と同じように刑事モードの私が出てきて、頭の中にパズルみたいに集まった情報を一つずつ組み立て始めた。



「私を誘拐して売り飛ばしさえすれば、人質の解放とその分け前を渡すと言われたと。」

「はい。領地もある程度返すと、言われました。」



一山賊のあの人たちが私を売り飛ばす"ルート"を知っていることはとても不思議なことだ。それにリオレッドまで行って船を手配するなんて…。そんなことを出来ることがますます怪しい。



「そして人手が足りなかったら失業者を使えと、丁寧にアドバイスまでされたわけか。」



ラルフさんの問いにも、ゼギドアさんは素直に「はい」と答えた。

ドレス工場の失業者が私に恨みを持っていることをカワフル地方の人たちが、知っているはずもない。



「においますね。」



まるで刑事みたいなセリフが、口からすらりと出てきた。


もしかしてこのお話も、"刑事ドラマ好きが転生したので、知識を生かして頑張ります!"とかに変えた方がいいだろうか。貿易摩擦の件を早く解決しなきゃいけないのに、私ったらすっかりこっちの問題に…。



「…リア?」



黙り込んだ私を覗き込むようにしてラルフさんが言った。私は意識を正常にちゃんと戻して、「ごめんなさい」と言った。



「計画がとん挫した今も、人質は解放されません。本当はすぐにでもカワフルに攻め入りたかったのですが…。」

「ギルガイドさんたちが拘束されている以上、戦力が足りなかったんですね。」



きっとそこまで考えて、人質を取ったんだろうなと思った。

そんなところで頭を使うなら、もっと違う方法でお金を儲ける方法を考えろよと、商売人の私が言った。



「計画が失敗に終わった今、まだ人質を解放しない理由が分からない。自分たちのことを話すなという、脅しなのかもしれんな。」



ラルフさんがそう言うと、ゼギドアさんは不安そうな顔で「はい」と言った。するとそんなゼギドアさんを見て、ラルフさんは低く安定した声で「大丈夫だ」と言った。



「どちらにせよ、明日にでもカワフルに行くつもりだ。奴らも人質を殺せば君たちが自分たちのことを話すと思っているだろうから、きっと無事だろう。」



そしてその声のまま、ラルフさんは言った。



「これ以上、無駄な戦いを引き起こさないために俺たちが行くんだ。不安かもしれないが、待っていてほしい。」



ラルフさんの言葉に、ゼギドアさんは目を少しうるませて大きくうなずいた。その目を見ていたらこの人たちはもう大丈夫だって、心の底から思った。



「あの…。」


そしてそのうるんだ瞳のまま、ゼギドアさんは私を見た。

まだ伝えることがあるのかと思って、私は彼の目をしっかり見返した。



「計画を伝えられたとき、もちろん迷いましたが…。すべては暮らしのために…。」

「生活が、本当に苦しかったんです。それに家族や仲間まで奪われました。だからやむを得ず…。」

「申し訳、ございませんでした。」



さっきとは別人みたいな表情で、ゼギドアさんが頭を下げた。

こんな風に一瞬で人が変わってしまったことを逆に疑いながら、「もう大丈夫なので」と言ってそれを止めた。



「もう過ちを繰り返さないために、約束を結ぼう。」



ラルフさんはそう言って、まとめてきた契約書を出した。サッとその書類に目を通した二人は、「はい」と私達をまっすぐ見て言った。



そして滞りなく、お互い書面にサインをした。サインと同時に、拘束している仲間たちは出来るだけ早くここに返す代わりに、奉仕活動をすぐに始める事。そしてその上明日にでも食料を持ってくるという約束もした。



「それでは、また来る。」

「はい。お待ちしております。」



私達はそうして、一旦家まで帰ることにした。

2人は最後に改めて私に謝ってくれて、私も気持ちよく帰宅の途に就くことが出来た。



「リア。」



出発してしばらくしたころ、ラルフさんがいつもの柔らかい声で私に言った。さっきまで気を張り詰めていたせいでものすごい疲労感を覚えていた私の頭に、その優しい声がスッと響いてきた。



「ありがとう。」



それが何に対してのありがとうなのか、私にもよく分からなかった。

でもお礼を言われてなんだか嬉しくなってしまった私は、素直に「どういたしまして」と答えた。


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