番外編 ラルフのリア観察日記


臆病で、気弱で、泣き虫。

息子がどんな子なのかと聞かれたら、昔はそう即答していた。


生まれた時から、息子を騎士として育てることは決まっていた。だけどエバンは本当に騎士になれるのかと疑問に思うほど、優しくて臆病な子供だった。


そして昔から、とても気が遣える子だった。

子どもだから遠慮しなくていいところを変に遠慮してしまうところがあって、これで人の上に立てるような器になれるのかと、何度も疑問に思った。



「騎士王様。この間はお坊ちゃまがお手伝いに来てくださり…。」

「なんとお礼を言っていいのか分かりません。」



そんな予想に反して、エバンは誰にでも慕われる騎士として成長してくれた。

昔から父さんに、人に尽くせという考えを嫌というほど教わってきた。エバンにも同じように、立場や地位に甘えることなく人に尽くせと教えてきたら、その優しい性格のおかげか、エバンはいつしか街の人々にも部下にも慕われる存在になっていた。



優しいことは、騎士にとって邪魔なんかじゃない。むしろ人を守るためには優しさはとても重要な要素だと、息子から教わった。




「父さん、話があるんだ。」



そんなエバンが、珍しく気を遣うことなく強い言葉で話しかけてきた日には少し驚いた。数年前与えた"騎士団長"という地位のおかげか、昔からは想像もつかないほど立派に成長してくれたのかと、少しうれしくなった。



「結婚したい人が、いるんだ。」



でも俺の予想は、少しだけ外れていた。エバンがこれだけ強い言葉で話してきたのは、騎士団長という地位のおかげではなく、一人の女性のおかげだという事がそこで分かった。



「誰だ?」

「リオレッドの、運送王の娘さん。」

「アリア、様か…。」



彼女のことは、俺もよく知っている。

テムライムの運送の基礎を作りに来てくださったとき晩さん会で見かけたことはあるけど、噂通り目を奪われてしまうほどキレイな子だった。



「色々あって二人の気持ちが複雑なのはわかる。でも…」

「エバン。」



その子とルミエラスの王との結婚が破談になった話は、もちろん俺の耳にも届いている。エバンはきっと気を遣える子だから、俺たちがそれを気にして反対するとでも思っているんだろう。



「もちろん、歓迎するよ。」



でも彼女は、なんのゆかりもないテムライムのために尽くしてくれた子だ。父さんが昔から大切にしてきた、"人に尽くす"という気持ちをどこまでも深く持っている子だ。


そんな子との結婚を、俺が反対できるわけがない。ここで俺が断ってしまえば、父さんに怒られてしまう。



――――ですよね、父さん。




「ありがとう。」



エバンは父さんによく似た笑顔でにっこりと笑った。とても幸せそうで、優しい笑顔だった。





エバンとリアが結婚してから、家には幾度となく大きな変化が起きた。



給仕係にも休みを与える事、結婚してからも彼女たちが仕事を続けられるようにする方法や、給仕服の変更。そして一番大きかったのは、かわいい孫が3人も増えたこと。



そのすべてがリアがもたらしてくれた変化だった。

今までだって噂は聞いてきたはずだけど、リアは予想以上に大胆で、そして新しいことを考える子だった。そしてそれは全て自分のためではなく、誰かのためだった。まるで父さんを見ているようだと、あの子を見ていると何度だって思った。




「誘拐…?!」



リアがリオレッドに久しぶりに帰国していたある日。その知らせは突然耳に入ってきた。動揺するエバンを何とかなだめてさらに数日後、もっと信じられない報告が、俺の元にも届いた。



「犯人はテムライムの人間…だと?」



リアはもう、テムライムの人間だ。でも元はリオレッドで生まれ育っていて、それなのにこの場所にたくさんの変化をもたらしてくれた、テムライムの恩人でもある。


なのに犯人が、恩をあだで返すようなことをしたなんて…。



「なんて…。」



リアになんて謝ったらいいんだ。騎士王として守り切れなかったこと、リオレッドにとっても大事だったリアを傷つけてしまったことを、どう謝っていいのか分からなくなった。



「私のようなものが、身勝手な約束をしてきました。だから今回のことはお互い様、ということにして、お許しいただけませんか?」



それなのにリアは、謝らせてさえくれなかった。自分が勝手なことをしてきたから、お互い様だろうなんて言ってきた。どう考えたってお互い様なわけがない。リアは一つだって悪いことはない。


でもそう言ってもきっとリアはもっと申し訳ない顔をするだろうから、何とか自分を納得させることにした。



「父さん。」



その夜、エバンが一人で部屋に来た。

思えばこんな風に、二人になるのも久しぶりだ。



「飲むか。」



国を守っている身であるから、二人同時に酒を飲むことはめったにない。でも今夜は何となく、息子と酒を交えてゆっくり話したい気分だった。どうやらエバンも同じ気持ちだったらしく、少し困った顔をして「はい」と返事をした。



「リアは…。」



どこかで俺たちは、"守れなかった"という同じ気持ちで落ち込んでいるんだと思う。しばらく二人でその感傷に浸りながら酒を飲んでいたけど、その静寂を破ったのはエバンの方だった。



「捕まってる時、相手に喧嘩を売ったらしいんだ。」

「喧嘩…?」

「うん。」



グラスの氷を指で回しながら、エバンは悲しそうな顔をした。あんなにか弱くて壊れそうな女の子が、自分がピンチの時に喧嘩を売ったなんて話、全く信じられなかった。



「自分は何をされても耐えられる。自分の品格で人が守れるなら、安いものだって言ったんだってさ。」



エバンはグラスに入っている酒を飲み干して言った。いつもなら飲みすぎだというところかもしれないけど、俺はそれを止めることが出来なかった。



「それにね、自分を傷つけた相手を目の前にしてこうも言ったんだ。」



新しくまた酒を注ぎながら、エバンはまた悲しい顔をした。と、思ったら次はすごく強い目をして、俺の方を見た。



「"大事にして騒ぎ立てても、また新たな火種を生むだけだ"って。それにね、暴力は暴力で返ってくるだけだから、自分がその連鎖を断ち切りたいって、言ったんだ。」



リアはきっと、すごくすごく怖い想いをしたんだと思う。顔に残されたあざを見たら、相当ひどいことをされたんだってことが分かる。それなのにその相手を前にして、そんなことが言えるなんて…。



「強いよ、強すぎる。」



俺の気持ちを代弁するみたいに、エバンが言った。

本当にあの子は、この家の誰よりも強い。そして誰よりも、優しい。



「リアは誰かを守るためなら、誰よりも強くなれる。」



その強さや優しさは、いつだって誰かを守るためにある。

ルミエラスに嫁に行こうとしたのだって、今回相手のことを許して帰ってきたのだって、きっとすべてはそこに繋がっている。



「守りたいって思った。」



エバンは今まで見たことのない強い目で、はっきりと言った。あの日俺の後ろで泣きべそをかいていた息子は、どこにもいなかった。



「今までだってそう思ってたけど…。リアは誰かが守らなきゃ、自分のことは絶対に守ろうとしないから。」



人に尽くせと、父さんから教わった。

騎士として生きていく以上それはとても大切な考え方で、尽くすことで誰かが助けてくれることもあると、これまでも何度だって思ってきた。


でもリアは少し人に尽くしすぎる。そのせいで自分自身をないがしろにすることがある。


今回のことでそれを深く実感したらしいエバンは、とても騎士らしい勇ましい目をしていた。



「リアは…。」



エバンがリアを嫁に連れてくると言ったあの日。

とてもいい子が嫁に来てくれるんだって、そのくらいの考えでいた。でもリアはこの家のことを、なによりエバンのことを、大きく成長させてくれた。それに何度だってこの国のことを守ってくれた。



「俺たちよりよっぽど、騎士に向いているかもしれないな。」

「ですね。」



騎士王として長い間この国のことを守ってきたつもりの俺より、ずっとリアは騎士らしい性格をしている。とはいえリアはか弱い女の子で、本当はいつも強くいられるわけではないんだと思う。



だからそんなリアを、エバンだけじゃなく俺も守ってあげなくては。



こんな辛気臭い気持ちでエバンと酒を飲むのは今日で最後にしよう。でなければリアに、騎士王の座まで奪われそうだ。そんなありもしないことを考えて、グラスに残っている酒を一気に飲み干した。

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