第60話 貿易戦争の始まり


「条件を吞むことは出来ません。」



次の日、私は強気な姿勢で高らかに宣言した。

昨日私が弱気になっていたことを知っているエバンさんが驚いている空気が、背後から伝わってきた。



「そしてリオレッドのドレスには、やはり関税ポックをかけさせていただこうと思います。」



続けて、私はそう宣言をした。

私以外の全員があっけにとられた表情でこちらを見ていた。



「分かっているんですよね?そうすれば…。」

「ええ。」



スタンのアホが脅しみたいな文句を言う前に、私はそれを遮って笑顔で宣言した。



トマトチヂミに関税をかけられるというお話は、到底受け入れがたいですが…。でもそうされると言われるのであれば、受け入れるしかありません。テムライムとしてはドレスを今のまま売り続けるという選択肢はないんですから。」



この選択肢を選んでも、負の連鎖しか生まないことなんてわかっている。

でもこうするしかない道を与えてきたのは、誰でもない、あなたたちの王様じゃないか。



「ですが今後トマトチヂミだけという話では…。」

「済まないかもしれませんね。」



今度はパパが、まるで私を説得しようとするかのように言葉を発した。確かにパパの言う通り、あのクソはトマト今後そのほかの品目にも関税をかけると言い出してもおかしくない。



「そうなればこちらも、他のもので対策させてもらうまでです。」



そうなったときは、こちらだってドレス以外のものに関税をかける。それだけの話だ。



「そんな…っ。」

「そうですね。それでは競い合いのようになりますね。」



誰にもなにも言わせずに、私は一人で話し続けた。

これはどう考えても関税の掛け合い、貿易戦争の始まりを、今までそれを一番避けたいと思ってきた私が宣言しているようなものだ。



「でも仕方がないです。対策をしなければ国民が守れないんですから。」



本当はこうならない方法を考えたかった。でも私の力ではどうしようも出来なかった。

それなら国民を守るため、動くしかない。それが貿易戦争を始める事なんであれば、もう仕方がない。



「それではいずれ国民が…。」

「はい、分かってます。」



今度はウィルさんが何か言おうとするのも、私は止めた。

その通りだ。関税の掛け合いを続けていたら、打撃を一番に受けるのは私が守ろうとしている"テムライム国民"であり、私が大事にしてきた"リオレッド国民"だ。



「なのでそうなる前に、もう一度交渉を出来るステージが整うよう、祈っています。」



だからこれ以上最悪の事態が起こる前に、次また交渉が出来るようにしてもらう事が、国民をそれ以上の危機にさらすことを回避する唯一の方法だ。



「今はこれ以上話し合いをしても、話は平行線をたどるだけです。なので今回はここで、帰国させていただきます。」



あのクソの指示をもとに動いている限り、パパやウィルさんはもちろん、スタンのアホだって何の決断も出来ない。これ以上話し合っても意味がないと思った私は、今回はすぐにでも帰国することを決めていた。



「また次出来るだけ早くお会いできること、楽しみにしています。」



そして次は、あのクソ王と直接話がしたい。

直接話が出来なければ、このまま話が進むことだってない。



「お互いの、ために。」



これは何も、テムライムのためだけではない。お互いのための、私の提案だ。



こんな風に生意気なことを言えば、またあのクソが私に対抗心をメラメラと燃やしてくることなんてわかっていた。でも対抗心を燃やして、私に直接会って傷つけたいと思ってもらう事こそ、私のこの強気の理由の一つでもある。



「本日はお時間いただき、ありがとうございました。」



頭を深々と下げて丁寧に言った。

そしてそのまま顔を上げると、目の前にはたくましい顔をして立っているアルがいた。



"ありがとう"



アルは敵国の騎士なのに、なんだか一緒に戦った同志みたいな気持ちになった。

私に勇気をくれてありがとうと目で感謝を伝えると、アルも同じように強い目をして小さくうなずいてくれた。



――――さあ。戦争の始まりだ。



不本意だけど、自分で戦争の開戦を宣言してしまった。

だったとしたら終わりだって私が絶対に宣言してやるんだと、心の中で強く誓った。

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