第59話 暖かくて優しいストーカーさん


「リア。」

「…え?」



見覚えのあるリオレッドの騎士団の服を着た手は、聞き覚えのある声で私を呼んだ。ようやく意識を現実に引き戻した私は、冷静に今の状況を分析してみた。



「え、アル…?」

「しっ。」



どっからどう考えてみても、それはアルだった。

ようやくそれに気が付いた私が名前を呼んだのに、その瞬間に黙らせられた。



「多分そのうち、監視のやつがくる。」

「え、今は?」

「ここに来るまでにかく乱させてきたからしばらくは来ない。」



やっぱり、あのクソは私に監視を付けていたか。

実家に寄っていたら本当にまずいことになっていたかもしれないと思うと、背筋がゾッとする感覚がした。



「ってゆうかお前さ、あんなことがあったのに夜中に一人で出歩くな。自覚持てよ。」

「う、うん…。」



確かにアルの言う通りだ。

せめてエバンさんを起こして一緒に連れてくればよかったと冷静になって後悔していると、それと同時に色んな疑問が浮かんできた。



「アルはどうしてここに…?」



聞きたいことは色々あった。

でも聞いていれば時間が無くなる気がした。


出来るだけ急いでそう聞くと、アルは「そりゃ…」とちいさい声で言った。



「お前に会いに行こうとして…。」

「遠くから見てたんだ。」



あのクソが私に監視を付けているって私でも予想出来たくらいだから、アルだってそんなことは簡単にわかっただろう。先を見越してそう言うと、アルは「うるせぇ」と小さく言った。




「ストーカーじゃん。」

「す、すと…?」



アルがしてることって、ストーカーと同じじゃんと思った。

でもこんな暖かいストーカーがいてたまるかって思った。アルはいつも私のことをよく見てくれていて、いつだってちゃんと、守ってきてくれた。



「ありがとうね、アル。」



だから私はちゃんと、アルのことだって守らなきゃいけない。もしこのまま関係が悪化して戦争をするなんて言い出したら、アルもジルにぃもエバンさんだって、危険な場所へ行かなくてはいけなくなる。



今度は私が、アルを守ってあげる番なんだ。



「これ、ゴードンさんに渡すから。」



アルは照れた様子で咳払いして言った。

何となくここに来ればパパに手紙が渡せるって思った私の勘は、ズバリ的中した。



「うん。ありがとう。」



女の勘って、本当にすごい。

そして今度はその女の勘がこう言っていた。


"きっと、うまく行く"



さっきまで後ろ向きなことばかりを考えていたはずなのに、どこからか急に、根拠のない勇気が湧いてくるのを感じた。



「これ…。」



するとその時、石の隙間からアルが何か袋を差し出した。

なんだろうと思って恐る恐る受け取ってみると、その袋からはかぎ慣れた大好きな香りが香ってきた。



ワッフルせんべい…だ…。」



袋の中にはワッフルが一つだけ入っていた。

それは私の大好きなカミラさんのお店のもので、においだけでなんだか泣きそうになってしまった。



「それがあれば…。」



石越しに顔も見せてくれないアルがポツリとつぶやいた。

顔は見えないはずなのに、ぶっきらぼうな顔をして頭をかいている姿は、しっかりと想像できた。



「それがあれば、お前はいつだって笑ってるだろ。」

「うんっ。」



アルの不器用な気遣いが、優しくてとても暖かった。

この一つのワッフルを手渡すためにここまで危険を冒してきてくれたことが、何よりも嬉しかった。



「頑張れ。」



そしてアルは、続けて言った。

とても力強い言葉を聞いて、背筋がピンと伸びる感覚がした。



「お前に出来ないことなんてない。」



私には出来ないことだらけだけど、出来ないことはないと思ってくれている味方がいるだけで、今はとても心強い。ずっと私を見てきてくれたアルに、そう言ってもらえるだけで自信が湧いてくる感じがした。



「そうね。」



だから自信満々に、そう答えた。

するとアルは満足そうに笑った後、「自分で言うな」といつも通りの調子で言った。



「早く帰れ。あまり長くいると怪しまれる。」

「うん。」



本当はまだまだ話したかった。

でももしバレてしまえば立場が危うくなるのはアルの方だ。


だから私はアルの言う通り素直に立ち上がって、その場を後にすることにした。



「ありがとう、神様!」



最後にまた合掌をして、石に向かって言った。

そしてアルにもらったたくさんの勇気を胸に、宿舎に帰ることにした。




「ってかさ。」



その場を去ろうとして一歩踏み出した私を、アルは呼び止めた。

なんだよ、門出を邪魔しないでくれよと思いながら、「なに?」と小さい声で聞いた。



「おーえるって、何?」

「ひみつ。」



「じゃあね」と言って、私はその場を颯爽と去った。

手に持っているワッフルはとっくの昔に冷えているはずなのに、何だか少し暖かいような感覚がした。

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