第58話 今度は精神が死んだようです


周りに人がいないことを確認するために、そっとドアを開けた。さすがに物騒だからドアの前に騎士団員さんを配備するのはやめてもらったけど、玄関の方には何人かいるはずだ。私はさっき従業員さんが進んでいった方に向かって裏口を探して、そこからこっそり宿舎を抜け出した。



宿舎の周りにはやっぱり何人か見回りをしている人たちがいたけど、時間が夜中ってこともあって、外にはそれ以外の人は一人も見えなかった。

このまま直接家のポストに手紙を入れたらいいんだろうけど、もし誰かにその姿を見られたら、パパが私とつながっていると疑われることになってしまう。



それにもしかするとあのクソが、私を監視しているかもしれない。



慎重に慎重を重ねて家には近づけないと判断した私は、ある場所へと向かっていた。



「よし…。」



その場所について、しばらく物陰に隠れて周りの様子をうかがった。

でも辺りには人の姿なんて全く見えなくて、風の音だけが私の耳に届いていた。




「ここなら…。」



パパに間接的に手紙が渡せる場所として思い浮かんだ唯一の場所が、じぃじのお墓だった。リオレッドには小高い丘みたいな場所に墓地が一つだけあって、その丘の中でも一番高くて広い場所に歴代の王様が祀られている。



根拠はないけどここに手紙を置いていけば、パパの目にも留まる気がした。それにあのクソが尾行をつけていたとして、私がここに来ていたってなんのおかしなこともない。



それになにより…。



――――じぃじと、話したい。




私は息を切らしながらゆっくりとその丘を登って、今でも絶えずお花が供えられているお墓の前で正座をした。



「久しぶり。」



大きくて柔らかくて暖かかったじぃじは、今は固い白い石に変わってしまった。

それでもここに座っているだけでなんだかじぃじの存在を近くに感じる気がして、リオレッドに帰ってきて初めて気持ちがホッとし始めた。



「元気、だった?って、死んでる人に聞くのもおかしいか。」



今頃どこで何をしているんだろう。

とっくの昔に私のことなんて、見てないのかもしれない。



「ねぇ、じぃじ。私、元気じゃないの。」



だったとしても、話を止められなかった。じぃじに今の私のこと、聞いてほしかった。



「ごめんね。もしかして守れないかもしれない。すごく、大事なものなのに。」



それに、謝りたかった。

あれだけじぃじが必死に守り抜いてきたものを、守れないかもしれないことを。



「でもね、私って元々ただのOLだったんだよ。だからね、そもそも私にはどうにもできないと思うの。荷が重かったんだよ、今までだって。」



そもそも私がしてきたことなんて、今までだって大したことはなかった。

じぃじやパパがいたからこそ、私の知識が生かされた。それだけの話だ。



「でもね。私、出来ることをするよ。私にできる、精いっぱいのことを考える。」



だから今回だって私にできることは少ないのかもしれない。

それでも何もできいないって決めつけて何もしないより、できることをやった方が数倍マシだ。それにきっと、今の私には私を助けてくれる別の人がたくさんついているはず。




「だから見てて。」



どうか見守っていて。

頑張る私をどうかそばで、見守っていて。



願いを込めて、両手を合わせた。

この国ではキリスト教みたいに両手を合わせてお祈りするんだけど、私は自然と合掌をしていた。


やっぱり私の根本は"日本人"で出来ているなと思った。



「あ、あとお願いがあるの。」



お願いだけして、うっかり満足して帰るところだった。そこでようやく今回の目的を思い出した私は、胸ポケットからパパへの手紙を取り出した。



「これ、パパに渡しといてほしいの。」



そしてお供え物の横に、"パパへ"とだけ書いた手紙を置いた。

パパがここに来るかなんてわからないし、来たところでこの手紙を見つけてくれるかもわからない。


でもここに置くしかいい案が浮かばない私は、邪魔にならないところにそっと、その手紙を置いた。



「わかった。」

「え…?」



するとその瞬間、石の向こうから声が聞こえた。



つ、ついに…。

今までだっておかしいおかしいとは思ってたけど、ついに頭がいかれてしまったか…。


いや、もしかしてもう私、死んでる?



お前はもう、死んでいるやつですか?



それはそれでいいな。もう全部放り投げて、じぃじのいるどこかへ行ってしまえるならそれで…。



「今回も苦しまずに死ねたか。」

「何言ってんだ、お前。」



すると今度は、石の隙間からにょきっと手が伸びてきた。

いよいよ声だけじゃなくて、幻覚まで見えるようになり始めた。もしかしてこれは体じゃなくて、つらい経験をしすぎてついに精神が死んだのかと考えながらその手をじっくり眺めてみた。



ついにおかしくなったらしい私が作り出した幻覚が着ていたのは、

――――リオレッド騎士団の、服だった。

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