第57話 私、ただの貿易事務OLだった
「シカちゃん。これ手配ミスだよ。」
「え…?」
「お客さんからクレーム来てる。確認してって言ったよね?」
え、え?何の話?
「聞いてる?」
「す、すみません…。」
社会人になると、"すみません"の重みが薄くなる気がする。
現に今だって何の話かよく分かっていないのに、謝るべき場面だなと判断した脳が勝手に「すみません」という言葉を発してくれた。
「すぐに電話してくれる?怒ってるから。」
「は、はい…。」
言われるがまま、私は目の前の電話に手をかけた。そして受話器をいつも通り手に取ったんだけど…。
「これ、どうやって使うんでしたっけ…。」
「何言ってんの?大丈夫?」
佐藤さんはとても怪訝なまなざしで、私のことを見た。
これが電話だってことはわかる。何をするものかだって分かる。それなのになぜか使い方だけが、全く分からない。
ってかそもそも佐藤さんって誰だっけ。
「なっちゃん。」
「南出さん?!」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには血まみれの南出さんがいた。
思わず駆け寄って血の出ている場所をおさえると、南出さんの後ろには包丁を持った田中華が立っている。
「な、っちゃんのせいで…、俺が…っ。」
「あなたさえ、いなければ…っ。」
「え?え?刺されたのは私でしょ?!」
どういうこと?!訳が分からない。
そもそも私、どうしてここにいるんだっけ。南出さんに出会ったと思ったら…。その後どうなったっけ。刺された?私が?
確か天使と自称する悪魔みたいなよく分からんやつに出会って…。
「あれ?私、刺されないはず…。」
☆
「わ…っ!!!!」
目覚めるとそこには、リオレッドの宿舎の天井があった。
色々考えすぎていたせいでうなされていたらしい。全身汗ばんでいて気持ち悪かった。
「そうか…。」
私、リオレッドに交渉に来てたんだ。
あの後お茶を飲んでホッとしたところで、子どもたちを迎えに行った。そしてみんなでご飯を食べた後、疲れていたのもあって早めに眠りについた。
冷静になって自分が今まで寝ていたベッドを見下ろすと、そこにはすやすやと眠っているルナとエバンさんがいた。そしてその横のベッドにはカイとケンが寝ていて、辺りはすっかり真っ暗だった。
「なんか…。」
前世の夢をみるのは、とても久しぶりだった。
こちらに転生した時にはよく見てたんだけど、最近の夢はすっかりこちらの世界のものばかりになっていた。
「貿易事務、OL…。」
それが私の、もともとの肩書だ。
たいしたことのない、ごく普通の、OL。
「ふふ…っ。」
そんな私が、もともと大きな事なんて出来るわけがなかったんだ。
今までよく頑張ってきたよ。今までがうまく行きすぎてたんだ。私の力でどうにもならないことが、"普通"のことだったんだ。
「そっか。」
どうにもできないのが普通なら、どうにもできなくたっていいじゃん。
急に開き直り始めた私は、そこでベッドから立ち上がった。そして両手を伸ばして大きく伸びをしてた後、大きく息を吐き出した。
「よし。」
パパ、ごめん。ウィルさん、ごめんなさい。私、多分どうにもできないや。
でも諦めたわけじゃないよ。どうにもできないからって、何もしないわけではないよ。
「あがくよ、精いっぱい。プライドなんて持ち合わせてないのが私のプライドだしね。」
寝ているみんなを起こさないように小さく言って、部屋の隅に用意されている机に座った。そして持ってきた紙とペンを取り出して、なんとなくパパへの手紙を書いてみることにした。
"パパへ。
元気だった?
あの日からたくさん心配かけたよね。
でも私はもう大丈夫。ケガも治ったし、とても元気に暮らしています。"
思えば誘拐されてテムライムに帰った後、パパに会うのは今日が初めてのことだった。きっとパパもママも私のことをすごく心配してくれただろうなと思ったら、それだけで心が痛んだ。
"パパ。
辛い仕事をさせてしまって、本当にごめんね。
私のせいで、パパの状況をもっと悪くしてしまったこと本当に苦しく思います。"
楽にするつもりが、すごくつらい想いをさせることになってしまった。
あの日あのまま何もしなかったら、こんな風になる事だってきっとなかったのに。
"でも、心配しないで。
きっと私がなんとかするから。"
私の手は、"どうにもできない"と思っている私の気持ちと反対のことを書いた。それは私がパパに初めてつく嘘だった。
"どうにもならないって思ってる?
そんなことないよ。
私にどうにもできなかったことなんて、ないんだから。でしょ?
だからパパは今まで通り、
リオレッドのこととママのことだけ考えてね。"
例えばパパは私のことを想って、あのクソ王に反抗したりするかもしれない。そんな変な気を起こさないようにするのが、唯一今の私に"どうにか出来ること"な気がした。パパは今まで通り、大好きなリオレッドのことと、そしてママのことだけ考えて動いていてほしい。いつだって楽しそうに、お仕事しててほしい。
"大好きだよ。パパ。"
大好き。本当に、大好き。
あなたのために自分の人生を変えられるほどに、私はパパが大好き。
たくさんの大好きをこめて、私は手紙を封筒に入れた。
そして立ち上がって上着を羽織った後、みんなを起こさないようにゆっくりと部屋のドアを開けた。
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