第54話 辛い辛い交渉のはじまり
「では、行きましょう。」
そしてその次の日の昼。いよいよ交渉の場所へと行く時間が来た。
抜けるところでは気を抜かないととは言いつつも、久しぶりに国同士の交渉に行くという事に、私はしっかりと緊張し始めていた。
「リア。深呼吸して。」
「ふぅ…。」
私がこんな風に緊張している場面に慣れてきたらしいエバンさんは、いたって冷静なトーンで言った。私は少しでもエバンさんみたいに落ち着くために、言われた通り深呼吸をした。
☆
「お待ちしておりました。」
そして私たちは王城の中にある会議室へと案内された。部屋の中にはパパとウィルさん、そしてダグラス家の家長であり、リオレッド王国の大臣であるスタンさんがすでに私たちを待ってくれていた。
スタンさんと私には、そこまで深い関わりがない。っていうのもダグラス家は昔から私が王城に出入りしていることをよしとしていない一家の一つで、じぃじが生きている頃から、いわば"イグニア王側"の人間だった。
考えてみれば、私の実のお父さんであるパパと、昔からよくしてくれているカルカロフ家のウィルさんだけで交渉をされれば、私の都合のいい方に持って行かれるとあのクソ王も簡単に予測が出来たんだろう。
「お久しぶりです。」
「お久しぶりです、スタン様。」
アイツがいる以上、パパにもウィルさんにも下手なことは言わせられない。わざとらしく挨拶をしてくるそいつの顔を見ながら、今回の交渉の難しさを改めて実感した。
「ごきげんよう、ウィルさん。」
「リア。よく来たね。」
そしてこうやってウィルさんと机越しに挨拶を交わすのは、初めて会ったあの日以来のことだった。それにこんな風に相手国側の席について交渉をするなんて、ルミエラスに行った日に冗談で話したことが予想外の形で実現したなって、いいのか悪いのかよく分からないことを考えた。
「どうぞ、お座りください。」
ウィルさんの合図で、私達は素直に席に着いた。
私は何となく不思議でふわふわした気持ちのまま、パパとウィルさん、そしてダグラス家の大臣をまっすぐ見据えた。
「本日はお時間いただき、ありがとうございます。」
交渉の始まりはいつも通り、丁寧なあいさつから始めた。
相手がよく見知った相手だとはいえ、そこをおろそかにすることは出来ない。すると深々と頭を下げた私に答えるみたいに、二人も「こちらこそありがとうございます」と丁寧に答えてくれた。
「あらかじめお話はいっているかとおもいますが、改めて本日ここに参りました趣旨を説明させていただいてもよろしいでしょうか。」
「もちろんだ。」
私が交渉している相手は私のパパだけど、今は"リオレッドの運送王"だ。だから私も"テムライム側の交渉人"としての顔を作って、丁寧に話を始めた
「テムライムのドレス産業が、再び低迷しております。最近ではついに失業者も現れて、テムライム国内の状況は最悪と言っても過言ではありません。」
スタンさんは両手を組んで、まるで監視をするようにこちらを見ていた。そんな状況の中でもウィルさんとパパは、私の話をうなずきながら聞いてくれていた。
なんだかこんな風に二人に話を聞いてもらうのは、とても久しぶりだなって思った。
「このままではドレス産業だけでなく、他の産業まで影響を及ぼしかねません。そうなる前に、以前と同じくリオレッドのドレスに
最初に関税をかけて以来、関税のことはこの世界では"ポック"と呼ばれるようになった。私に命名権が与えられたら絶対に"関税"とか"デューティー"とかにしようと思ってたんだけど、気が付いていたら勝手に決まっていたからしょうがない。ややこしいけどね。
ちょっと間抜けなポックという言葉を出して、私はとてもストレートに言った。遠回しに説明しても仕方がないし、趣旨なんかはとっくにわかっていると思ったからだ。
2人は相変わらず黙って私の話を聞いていたけど、私はそんなことを気にすることなく、自分の話をスラスラとすすめた。
「もちろん前回同様、期間と品目はきっちり絞ります。状況が改善し次第早急に…」
「テムライムの状況は、よく理解しているつもりだ。」
結論を言おうとしたその時、私の話を割るようにしてパパが言った。生まれてから今まで、パパが私の話を遮るのは初めてな気がした。
「だがイグニア王は、これ以上テムライムに協力する義理はない、とおっしゃられている。」
パパはすごくまっすぐ私の目を見て、そしてすごくはっきりと言った。
でもその目がとても苦しそうに見えて、私の胸にまで突き刺さるような感覚がした。
「ドレスに
パパが言っていることは、これからテムライムとリオレッドで関税の掛け合い、つまり貿易戦争が始まるという意味に等しかった。それは今回の交渉で、私が一番に避けなければいけないことで、一番聞きたくなかった言葉でもあった。
きっと、パパだってそんなことはよく分かってる。
ウィルさんだってきっと、あのクソ王に何か提案をしてくれたんだろう。
それでも言わざるを得なかったのは、アイツがそうしろと2人に命じたからに他ならない。
ここに来るまで、自分の大好きな人たちと交渉するのを想像するだけで心が苦しくなった。
でももしかしてパパとウィルさんは私達よりずっと苦しい立場に立っていたのかもしれないと、そこで初めて思い知ることになった。
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