第53話 あの儀式をとうとう人の手で…
「お待ちしておりました。」
リオレッドに着くと、いつも通りパパがお出迎えしてくれた。
いつもなら人目も気にせず抱き着きに行くところだけど、今回はロッタさんの後ろで、余所行きの挨拶をしてみせた。
「じぃじ~~~!」
「やった~!じぃじだ!」
「じじっ。」
でも子供たちはそんなわけにはいかなくて、一斉にパパめがけて走り出した。さっきまでお仕事モードな顔をしていたパパも、一瞬でデレた顔をして子どもたちを抱きしめた。
私はその光景をじっと眺めながらも、自分はロッタさんの後ろの位置から動かなかった。するとそんな私の姿を、パパは子どもたちを抱きしめながらジッと見つめた。
しばらく見つめ合った後、パパは少し悲し気な顔をして小さくうなずいた。
"分かってる。全部わかってるから。"
その目が私にそう語りかけている気がして、私も大きく一つうなずき返した。
「宿舎までの馬車を用意しております。本日は宿舎でお休みください。」
パパは子どもたちを私とティーナの元に返した後、また余所行きな顔をしてそう言った。ロッタさんも私たちも「ありがとうございます」と言って、用意された馬車へと乗り込んだ。
「じぃじともっと遊びたかったな~。」
素直に馬車に乗り込んだはずのカイが、少し寂しそうな顔をして言った。私たちの仕事のために子どもたちに我慢をさせていることが申し訳なくなって、私はカイをギュっと抱き締めた。
「ごめんね。」
「ママ、どうしたの…っ。」
抱き締める手に力が入っていたみたいで、カイが「痛いよ」と言って私から離れた。私は改めてカイに「ごめん」と言いながら、帰るまでに子どもたちがじぃじやばぁばと普通に遊べるようにするために頑張らなきゃいけないなと思った。
「こちらです。」
「ありがとうございます。」
思えばリオレッドで生まれ育った私だけど、リオレッドの宿に泊まるのは初めての経験だった。母国なはずなのに少し新鮮な気持ちになりながら、案内されるがままに部屋へと入った。
「わ~い!おっきいベッドだ!」
「あれ、僕のベッドでしょ?!」
「そうね。」
案内された部屋は、エバンさんと私、そして子どもたちが寝るには充分すぎるほど広い場所だった。真ん中に5人が寝られるサイズのベッドがある上に、カイとケン用だと思われるまるで大人用みたいなベッドが二つあって、子どもたちは見るからに喜んではしゃぎはじめた。
「ねぇ、リア。」
しばらく楽しそうにはしゃいでいる子どもたちを見ていると、エバンさんが私の腰に手を置きながら言った。なんだろうと思って見上げてみると、エバンさんはまるでいたずらする前の子どもみたいな顔をして笑っていた。
「いつもの、やりなよ。」
「え?」
確かに始めてくる宿舎や部屋に入る度、私はあの"儀式"をしている。
でもさすがに子どもたちがいる前じゃ…とためらってうつむくと、エバンさんが頭の上で「わかった」という声が聞こえた。
「きゃあっっ!」
そしてその次の瞬間、私の体は宙に浮かんだ。
驚いて私を浮かせた犯人の顔を見つめると、エバンさんはやっぱりいたずらそうな顔をして笑った。
「行くよ!」
「え?!ちょっと…っ!待…っ!」
「えいっ!」
そしてそのままエバンさんは、私をふかふかなベッドの上へと放り投げた。ベッドは驚くくらいにふわふわで、着地した瞬間にふわっと香った柔軟剤みたいな匂いが体を包み込んだ。
「…ふふっ。」
「きゃははっ!ママ楽しそう!」
「ママ、ずるいっ!」
「僕も僕もっ!」
まさか人の手でダイブをさせられる日が来るとは思っていなかった。
楽しくなって思わず笑いだすと、それと同時に子どもたちも楽しそうに笑いながら、エバンさんに次々に同じことをするよう求め始めた。
「順番だぞ!」
「ママ、どいてどいて!」
「はいはいっ。」
それからエバンさんは、子どもたちを何度も何度もベッドの上に投げた。
本当は怒らなければいけないんだろうけど、あまりにもみんなが楽しそうに笑うから、私も笑いが止まらなくなり始めた。
「ふふふ…っ。」
確かに今回の"帰国"には、きっと緊張していなければいけないシーンがたくさんある。でも力を抜けるときにはしっかりと抜いて、楽しんでもいいんだ。私がずっと気を張っている必要なんてないんだ。
エバンさんが間接的にそう教えてくれた気がした。
きっと私は直接そう言われたって、「そうだね」と答えながらも緊張し続けていたんだろう。
私は今も子どもたちを投げ続けているエバンさんに「ありがとう」と心の中で言いつつ、キリがいいところでやめないと一生その遊びが続くよって同情もしておいた。
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