第52話 気が乗らない出発


「それでは、行って参ります。」



そしてその数日後。

私とエバンさんが子どもたちも連れて、リオレッドに行く日がやってきた。エバンさんの代わりにテムライムで仕事をすることになったラルフさんは、少し複雑そうな顔で私たちを見送ってくれた。



「大丈夫、かい?」



どこかで感じてしまっている私の不安は、きっと家族のみんなには伝わっているんだと思う。私もまだまだ甘いなと思いながら、それでも強がって「はい」と笑顔で答えた。



「すべて元通りにして帰ってきます。」



それは希望をこめた、宣言だった。

ラルフさんもレイラさんも私の決意を汲み取って、「いってらっしゃい」と言いながら最後は抱きしめてくれた。



「ママ。またリオレッドに行くの?」

「そうだよ。」

「やった!じぃじのお手伝いするんだっ!」



何をしに行くか知るはずもない子どもたちは、船の上で楽しそうにはしゃいでいた。こないだ帰ったときにすっかりリオレッドのじぃじとばぁばが大好きになった子どもたちの顔を見ていると、胸がズキっと傷む感覚がした。



「今回はね、じぃじのお家にお泊りできないの。」

「え?なんで~??」

「僕、ばぁあとねんねしたいのに!」



今回リオレッドに帰る目的は、"帰省"ではなく"仕事"だ。

交渉相手が同じ家にいるっていうのもおかしな話だと思って、今回は宿舎に泊まることに決めた。



「カイ様、ケン様。ティーナでは嫌ですか?」



本当は思いっきりママに甘えたい。私だってパパと一緒にご飯を食べたり最近のお話をしたりしたい。でも家族として顔を見てしまえば自分がテムライムの人間だってこと忘れてしまいそうだったから、今回はママに会わないことも決めて、仕事をしている間はティーナに子守をしてもらうことにした。



「しょうがないな~。ティーナと寝るか!」

「こら。ケンっ!」

「いいんです、リア様。」



生意気なことを言いながらも、ケンはなんだかティーナと寝れるのが嬉しそうだった。この間私が遠征に行っていた時、ティーナやライル君たちとお泊り会をしたことがよっぽど楽しかったらしい。私に怒られたことなんて気にせずライル君と走り回っている子どもたちを見ていると、私なんかよりよっぽどたくましいなって思った。



「ごめんね、毎度毎度。」



やっぱりこういう時には、毎回ティーナに負担をかけてしまう。

何度振り回せば気が済むんだろうと思っていると、ティーナは「いえ」と言って笑った。



「ライルには、いつかリオレッドの景色を見せたいと思っていました。リオレッドにはいい思い出はあまりありませんが…。それでもあの国は私の故郷であり、リア様と出会った、大切な場所なので。」



ティーナはにっこりと笑って言った。

未だにティーナがなぜ私のことをこんな風に思っていてくれるのかが、全く分からない。私はいつだってティーナのことを振り回してばかりなのに。



「私だけの力では、帰省なんて到底実現できません。連れてきてくださり、本当にありがとうございます。」



なのにやっぱりティーナは、とてもまっすぐな目で言った。

どうしてか理由は分からないけど、その言葉を本心からいってくれているってことは何となくわかった。



「ありがとう。」



本当に困ったとき、助けてくれるのは利害関係じゃないもので結ばれている人達なんだと思う。だからきっとリオレッドとテムライムがそんな関係で結ばれ続けることを願って、ティーナに丁寧にお礼を言った。




「リア。今回はワッフルせんべい食べられるかな?」



私の両肩に両手を置いて、エバンさんが言った。

知らないうちに肩に力が入っていたらしいことにそれで気が付いた私は、「ふぅ」と一回大きく息を吐いた。



「そうね…。食べられるといいけど。」

「夜中にこっそり抜け出して買ってくるよ。」

「夜中にお店が開いてたらお願いするわ。」



冗談を言いながら気の抜けた会話をしていると、少しずつリラックスしていく感覚がした。こんな風に一人で気を張り詰める必要なんてない。私は一人で交渉しに行くわけじゃないんだって何度も自分に言い聞かせて、まだ海のずっとずっと先のほうにあるリオレッドの方を、じっと見つめた。

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