第49話 あの日の誓いを果たさせてください



「王様。本日お話させていただきたかったのは、実は別のことなんです。」



本当は私のことなんでどうでもいい。今日の本題は全く別のところにある。

私の言葉を聞いた王様はまた厳しい表情に戻って、「うん」とだけ言った。



「実行犯一部が、テムライムの失業者だったというお話は…。」

「うん。聞いている。」



本当の黒幕が誰かっていう事を言うつもりはなかったけど、実行犯に関してはもうつかまっているからばれているはずだ。

予想通り王様は、私の言葉にまだ厳しい顔をして返事をしてくれた。



「多分今、また数年前の状況が…。」

「ああ。そうなんだ。」



私が次の言葉を発する前に、王様は言った。今度は予想のしていないことが起こったことに驚いていると、王様は身を前に乗り出すようにして両手を自分の膝についた。



「思っていたより状況が急激に悪化してな…。気が付いた頃には失業者が増えてしまっていたんだ。」

「そう、ですか…。」



不穏な影は誰の目にも止まらないうちに急に背後へと近づいていて、そして静かに私たちの生活を攻撃していたようだった。

自分がボーっとしていたせいだとどこかで思っていた私は、少しだけホッとしてしまった。



「そこでこの間、リオレッドに前と同様の依頼をした。」



でもホッとしている場合ではないと思いなおそうとすると、王様はまた続けて言った。早く対策しなければと焦っていた私だったけど、もしかして今回も出番はないのかもしれないと、本格的にホッと胸をなでおろした。



「でも…。」



私の安心もつかの間にして、王様は目線を下に落とした。

なんだかその続きを聞くのが少し怖くて、耳をふさぎたい気持ちにすらなった。



「リオレッド王が…。」

「イグニア、様でしょうか。」



なんとなく、予想は出来ていた。

いつかこんな日が来るんではないかと、きっとあの日からずっと、どこかで分かっていたと思う。でも会わないうちに、状況はきっと変わるとも期待していた。上に立つことの重みとか責任を感じて、彼も少しは変わるんではないかと、そう思っていた。



でも私の期待もむなしく、王様は「ああ」と言った。



「こちらがリオレッドからの購入を制限するのであれば、あちらも何らかの措置を取ると言ってきてる。」

「何らか、とは…具体的に言われていますか?」



その"何らか"が私たちにとって特に大きな害がないのであれば、そのまま進めてしまってもいいのではないかと思った。でも私の最後の期待を割くように、王様はゆっくりと首を横に振った。



「それが何かまでは、何も言われていない。分からない以上、下手な動きも出来なくて、すごく困っているところだ。」



全く気まぐれなやつだ、と思った。

多分アイツのことだから、何の考えもないまま動いているに決まっている。自分たちに利益があればいいじゃないかと、考えているに決まっている。



「王様。」



無力だったあの日のことを、ぼんやり思い出した。

ただアイツに謝ることしか出来なかったあの日、私は本当に無力だった。心の中は大人でも、見た目は正真正銘の子どもで、理不尽なことをされていたってなんの反抗のすべもなかった。




でも、今は違う。私は大人になった。そして私は今、テムライムの人間になった。



「私に、交渉に行かせてください。」



リオレッドにルーツがある私だからこそ、ルーツがあったとしても今はテムライムの人間になった私だからこそ、何かアイツを説得できる方法があるんじゃないかと思った。


前の時うまくやってくれたパパがどうにも出来なかったみたいだから、だとしたら私が何とかするしかないんだと思った。



「いや、ダメだ。」



すると王様は、私の目をまっすぐ見て言った。王様からこんな風に否定をされるのは、初めてなことだった。



「リア、分かってるのかい?交渉に行けば、君はリオレッドの"敵"としてそこに座ることになるんだ。きっと相手側には君のお父さんもいるはずだ。それに君は昔…。」



王様は、あの日のことを知っているみたいだった。

きっとじぃじがそんな話をしたんだろう。どういう経緯で話したかはしらないけど、そんな余計な話しないでよと、心の中でじぃじを怒っておいた。



「わかって、います。」



何かを言おうとしている王様に、私は言った。



分かっている。

私が交渉の場に着けば、私が大嫌いなアイツと目を合わせて話さなければいけなくなるだろう。


それに私の大好きな人たちと、お話をすることになるだろう。話の運び方次第では、私の大好きなリオレッドを、守れなくなるかもしれない。




「全部、分かってます。」

「なら…っ。」

「それでも、行きたいんです。」



そんなこと分かってる。私はこれから自分の身と引き換えに守ろうとした大切な母国を、守れなくなるのかもしれない。



でも、私が行かなければいけない。私以外がいったところで、話がうまく運ぶようには全く思えない。私が行ってもうまく行くとは限らないけど、どんなにつらい仕事だって、私にしか出来ない事があるはずだ。



「きっと私にしか、出来ないことがあります。」



思っていることを素直に口にすると、王様はうつむいたまま何も言わなくなった。それはきっと、彼だってそうだと思っているからなんだと思う。



「未来のためになることをしよう。」



あの日じぃじが私たちに言ったセリフを口にした。

すると王様は、うつむいていた顔をゆっくりとこちらに向けた。



「あの日の誓いを、どうか私に果たさせてください。」



私達は目指している人が一緒だ。だからきっとどうにかしたいと思っている気持ちだって一緒なはずだ。そんな気持ちを込めて、まっすぐ王様の目を見つめた。すると彼はまた困ったみたいに笑った後、大きく一つうなずいてくれた。


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