番外編 テムライム王の予感


「リアがリオレッドで誘拐された…?!」



エバンたち一家がリオレッドに帰省する話は聞いていた。

エバンはすぐにテムライムに戻って仕事をしてくれているみたいだけど、久しぶりの帰省だからリアはゆっくりしてくるという話を聞いて、どこか安心している自分もいた。



テムライムに来てからも、ずっと働かせてしまった。

リアのおかげで大変な危機も、回避することが出来た。



だからリオレッドに戻って、少しは精神的にも癒されてきてくれればいいと思っていた矢先に入ってきた報告に、耳を疑った。



「無事、なのか。」

「は、はい。お怪我はされているみたいですが、命に別状はないと…。」



とりあえず無事だという事を聞いて、少しは安心した。

でも誘拐されたという事は体のケガだけじゃなく、心まで傷を負っていないかと、心配になった。



「そしてその犯人というのが…。」

「だ、誰なんだ?!」



心配をしている俺を見て、報告に来た宰相のトマスがとても言いにくそうな顔で言うもんだから、我も忘れて身を乗り出して聞いた。あまりに勢いがあったせいかトマスが驚いた顔をしたもんだから、自分を取り戻すためにも「ごめん」と冷静になって言った。



「テ、テムライムの者らしく…。」



まるで頭を何かで叩かれたみたいな衝撃が全身を走った。

衝撃のせいで言葉を失っている俺を、トマスは心配そうにのぞき込んだ。



「どこの、どいつだ。」



リアはエバンと結婚する前から、テムライムをよくしようとしてくれた恩人だ。

テムライムに住み始めてからだってどんどんこの国をよくしてくれて、本当は国民全員で感謝すべきような存在だ。



そんなリアを襲うなんて、言語道断だ。久しぶりに感じた怒りを何とか沈めながら、今できる一番穏やかな口調で聞いた。



「今、リオレッドで調査をしてもらっているので、まだ詳しいことはわかりませんが、どうやら実行犯はワシライカ地方の賊と一部の失業者らしいという情報だけ入っています。」

「ワシライカの賊と、失業者…?」


失業者が手を貸したのは、リアへの恨みだろうか。でもワシライカ地方のやつらは…。確かあそこは昔ラルフが制圧したはずだし、リアになんて何の関係もないはずだ。


まだ何も分からない。こんな大きな事件を起こすんだから、何か見落としている原因があるはずだ。それがなんだとしても暴力に任せて誘拐をするなんて、許される事ではない。



「国としての対応を考えよう。ひとまず注意喚起のためをするために大臣を集めてくれ。」

「はっ。」



無事であるということを聞いたとしても、リアの顔を見るまでは気が気じゃなかった。テムライムの恩人に、それにカイゼル様の孫娘みたいなリアに、どう謝っていいのか、そればかりが頭の中をめぐっていた。






「アリア様が帰還されました。」

「そうか。」

「ただ…。」



しばらくリオレッドで体を休めればよかったのに、リアたちはすぐにテムライムに帰ってきた。すぐにでも顔を見ようと思っていた俺に、トマスはまた言いにくそうな顔をして何かを付け足すみたいだった。



「色々と分かってから直接王様に報告に行くので、少し時間が欲しいと…。ラルフ様より伝言を預かっております。」



俺に不確かな情報を渡すことが出来ないというのはわかる。ラルフだって今回のことに胸を痛ませている一人だろうから、居ても立っても居られないのもわかる。


でもせめて、リアに会わせてほしい。



「信じて待ちましょう。」



今にも"リアに会いに行く"なんて言いかねないと思ったのか、ジーナが先手を打ってそう言った。会いに行く許可を取ることなんて、多分簡単だ。許可なんて取らずに行くことだって本当は出来る。


でもきっと俺が行ってしまえば、リアは気を遣うだろうし、ラルフの決心だって無駄になる。



「そうだな。」



ジーナの一言でようやく冷静を取り戻した俺は、王として堂々と報告を待つことにした。王になってから長い時間が過ぎて、気が付けば父さんより長く王という位置に立っているはずのに、自分もまだまだだなと思った。





それから数日後。ワシライカに行っていたはずの軍を、今度はカワフル地方へ派遣させてほしいという要請が入った。


「どうやら人質が取られているらしく、どれだけでも早く行きたいとのことで。」

「うん。もちろん構わないよ。」



トマスもあまり詳しく聞けていないようで、とにかく焦った様子で言った。

何も知らない状態でただ待つことしか出来ない状況がとてももどかしく、いつまでたっても落ち着かなかった。



「いったい何が…。」



それに何か大きな出来事が起きているような、そんな気がした。根拠はないが、悪い予感だけが頭の中をくすぶって離れなかった。



「きっと、大丈夫です。」



ジーナは明らかにソワソワしている俺に何度もそう言った。

でも彼女の顔も不安そうだったのは、きっと自分自身だって同じ予感がしているからなんだと思う。



「そうだな。」



王である前に、俺はジーナの夫だ。

妻一人安心させられないで、何が王だ。


まずは自分がしっかりするためにもそれ以上考えるのをやめて、久しぶりにジーナとゆっくり寝ることにした。





「王様。」



それからしばらくして、またトマスが重い表情をして部屋にやってきた。これ以上何があるのだと思って、俺も思わず身構えてしまった。



「ワシライカ地方、およびカワフル地方の賊には奉仕活動をさせることで、罪を相殺させてほしいとエバン様より伝言を賜っています。」

「奉仕、活動だと…?」



ラルフは父さんの時代、国を歩くだけで恐れられるような存在だった。

年がそんなに変わらない俺も怖いと感じたことがあるくらい、迫力と風格がある男だった。



年を取って孫が出来て、ヤツも随分丸くなったと感じる。

でもラルフも大切にしているはずのリアがあれだけのことをされたのに、"奉仕活動"だけで終わらせるなんて、そんなのにわかには信じられなかった。



「アリア様が…。アリア様がそうしてほしいと、おっしゃられたそうです。」

「リアが…。」



リアが理由もなしに行動しないことくらい、私もよく分かっている。

もしかしてテムライムや俺に恩でも感じて、遠慮してくれているんだろうか。だったとしたら、そんな変な遠慮は全く必要がない。むしろそんなことされると、俺が黙っていられない。



「そのことを含めて、アリア様が王に直接お会いしてお話したいとのことですが…。」

「明日にでも時間を取ってくれ。」



どんな理由でリアが罪をそこまで軽くしてほしいと言い始めたのかわからない。

それに一地方の賊や失業者が異国にまでいって、リアを誘拐したなんて話、どこからどう考えてもおかしい。



まだちゃんと報告を聞いていないから、分からないことだらけだった。

それに何となく、"分からないから"ってことだけじゃない、違和感を覚えるような感覚がした。



「あなた、大丈夫?」

「あ、ああ…。」



部屋に戻っても言葉数が少ないせいか、ジーナが心配そうな顔をして言った。

俺はどこからか湧きだしてくる嫌な予感を、自分では何とも抑えることが出来なかった。

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