第46話 どうやらもう、分かり合えないみたいで
エバンさんが取り出したのは、この家のシンボルカラーでもあるネイビーの色をしたマントだった。そのマントはところどころ土で汚れていて、ボロボロだった。
え、まじで何、それ?
「この紋章、オルドリッジ家のものですよね。」
私が頭にハテナをたくさん浮かべている間も、エバンさんは冷静そうだった。
冷静な顔のまま彼がグレッグさんに見せたのは襟元についている紋章で、よく見てみるとそれはグレッグさんの胸のところについているものと一緒だった。
「先日遠征に行った時、これを拾ったんです。」
エバンさんは燃える目で、グレッグさんをとらえて言った。
いや、どうしてその切り札私に紹介してくれなかったんだよ!と、心の中の私は全力でツッコミを入れていた。
「どうしてこれがカワフルに?」
私のツッコミなんて聞こえるはずもなく、エバンさんは刑事みたいな目をして言った。刑事の目を見たことがないけど。
すると刑事の目を見たグレッグさんの目が、一瞬揺れるのが分かった。
「わからんなあ。どっかの輩が盗んで持っていたんじゃないか?」
それでもグレッグさんは知らんぷりの姿勢を崩さずに、大根演技でそう言った。
簡単に落ちるとは思っていなかったけど、なかなか手ごわいやつだなとおもった。
誰かかつ丼持ってきて~!
「紋章の付いたマントを盗まれるとは…。オルドリッジ家も落ちたもんだな。」
すると援護射撃のように、ラルフさんが冷たい声で言った。もっとやれ~!と心の中の小さな私が両手を上げて叫んでいた。
「そうだな。お前たちを見習いたいくらいだよ。」
何を言っても、グレッグさんは全く揺らいでいないみたいな顔をしていた。
予想はしていたんだけど、ダメだと分かっていながらソワソワし始めた自分を必死で隠した。
「それでも知らないというのか。」
するとラルフさんが、今までで一番低い声を出した。みんな気持ちはきっと一緒だなと、ラルフさんの様子で理解した。
「なにをだい?」
「分かってるんだ、全部。」
声は低かったけど、ラルフさんはとても冷静な様子に見えた。
私はそんな彼の様子を見て、自分も冷静になるため自分の中にたまっていた空気を静かに吐き出した。
「何の話かさっぱり見えないな。」
グレッグさんはにやりと笑って言った。
直接せめても、この人が何も認めないことは私も分かっていた。私達だって確かな証拠を持ってこられたわけではない。カワフルの人たちに聞いた証言だって、一家の力でもみ消されてしまえばそれまでだ。
こうなることくらい簡単に予想が出来たことじゃないかと、心の中の小さな自分が言った。
「もう、いいです。」
これ以上話しても時間の無駄だ。
そう思った私は、そこでやっと声をだした。
急に私が声を発したことに驚いたのか、全員が私の方を見ていた。さっきまで怖さで体をこわばらせていたはずの私の気持ちは、自分でも驚くほどに冷静で、怖さなんて全く感じていなかった。
「今回のこと、すべて見なかったことにします。」
冷静な気持ちでいるからか、なぜか自然と笑みがこぼれた。
横にいるエバンさんやラルフさんからは驚いた雰囲気を感じたけど、もはやそれすらも気にならなくなっていた。
「何をだい?」
私の宣言をどんな気持ちで聞いていたか分からないけど、グレッグさんは相変わらず不気味に笑って言った。
こうなることくらいわかっていたと、小さな私は言った。
たしかにそれはそうだ。家族みんなで攻めたところで、「自分がやった」と白状するほどこの人もバカじゃないと思う。
それでもどこかで、同じ"騎士"として、彼に少しでも正義感が残っていることを私は期待していたのかもしれない。こうやって顔を見合わせて話をすることで分かり合えるかもしれないって、どこかで思っていたのかもしれない。
「はあ…。」
でもそんな期待は、全てキレイに崩れ去った。
この人は騎士としての誇りや誓いも忘れて、自分の中の黒い感情にだけまっすぐになっている。
私だって伊達に長く生きてはいないから分かる。
こうなってしまっては、人は人の意見なんて聞くことが出来ない。そもそも聞けていたんだとしたら、こんなことだって起こしていないと思う。
怖いとか不気味だとか言う感情より、今私が抱えているのは"残念だ"という感情だった。
失望で自然とため息がこぼれた私の顔を、部屋にいる全員が見ていた。私は決意と一緒に「ふぅ」ともう一回息を吐き出して、エバンさんみたいな強い目をしてグレッグさんを見た。
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