第30話 お帰りのチュー
トントントンッ
ちょうど片づけを終えたくらいで、部屋をノックする音が聞こえた。
エバンさんがその音に反応して扉を開けてくれると、そこには今にも泣きそうな顔をして立っているティーナの姿があった。
「リア…っ様…っ。」
ティーナは私の顔を見るや否や、飛びつくように抱き着いてきた。
あのキス男を挑発したせいで、顔にもあざを作られてしまった。あの時はどうしても言わなくちゃ気が済まなかったけど、大事な人にこんな顔をさせるくらいなら、大人しくしておけばよかったと後悔した。
「ティーナ、ごめんね。」
ティーナには事あるごとに心配をかけて、いつも泣かせている気がする。するとティーナは泣きながら「そんなことないです」と言った。
「リア様が大変な時、私はいつも…っ。」
ティーナがそんなことを言いながらまた泣き始めたから、私はティーナを抱きしめ返した。こんな風に思ってくれる人がたくさんいて、とても幸せだと思った。
「ティーナ。」
きっとティーナに何を言っても心配は消えない。
「お茶を、淹れてくれる?」
だから私はティーナをいつものお願いをすることにした。お願いすることできっと、気持ちは少し軽くなる。すると案の定ティーナは嬉しそうな顔をして、「もちろんです!」と言ってくれた。そしてそのままの勢いで、走ってどこかへ行ってしまった。
「君は本当に…。」
その光景を見ていたエバンさんは私を見て笑った。
「人の気持ちを動かすのが得意だね。」
そして続けてそう言った。
気持ちを動かすなんてそんな大げさなことはしているつもりはないと思って首を傾げると、エバンさんは少し困った顔をした。
「この間の尋問を聞いてたら、なんだか僕まで怖くなったよ。」
「なにが?」
エバンさんが怖くなることなんて何もなかったはずだ。
むしろ尋問というよりウィルさんとの会話しかしていないはずなのに、どこで"怖い"と感じられたのか分からなかった。
「いつもああやって僕もいつもリアに動かされてるのかって思って。」
「そんな…っ。」
するとエバンさんは困った顔のまま言った。
確かにあの時、私は誘導するみたいにして答えを引き出した。でも家族にまでそんなことをしているつもりはないって否定しようとすると、エバンさんはにっこり笑って
「でも…」と言った。
「君の言いなりになるなら、悪くない。」
「むしろその方がいいかも」と言いながら、エバンさんは私に近づいてきた。
エバンさんの言いなりなのは私の方なのに。そう思っていると、エバンさんは私の頬を手で覆った。
「一緒に帰ってこられて良かった。」
「うん。」
今まで何度だってピンチを迎えてきたけど、今回は本当に死ぬかもしれなかった。
少しは元気になったしエバンさんが守ってくれているから恐怖に感じる事なんて何もないんだろうけど、それでも夜怖い夢を見てしまう日がある。
無事でここに立っていられるのだってあたりまえじゃないんだなって、エバンさんのセリフを聞いて思った。
「心配過ぎるから、これからは仕事にも連れて行こう。」
「それ、余計危なくない?」
冷静なツッコミを入れる私にエバンさんは「うるさい」と言って、そのままキスをした。触れている唇から直接安心感が流れ込んでくる感じがして、心がホッと温かくなった。
「失礼しま~す。」
すると空いていたドアから、すこし投げやりな声が聞こえた。
急いで唇を離して入口をみると、そこには呆れた顔のエリスイリスが立っていた。
「心配してきたのに、損した。」
「見せつけられただけじゃんね。」
二人はほぼ同時に、同じ顔をして言った。
見られていたことの恥ずかしさと息がそろいすぎていることへのおかしさが同時に襲って来て、思わず笑ってしまった。
「リア。」
二人はまた同時に言って、私に近づいてきた。そしてそっと私を抱きしめて「おかえり」と言ってくれた。
「ただいま。心配かけてごめんね?」
「ほんとだよ。帰省したはずの人がさらわれたって、すぐにかけつけられない私たちの気持ちも考えてほしいわ。」
「ほんとに。いい加減にしてよね。」
心配してくれる人が増えるっていう事は、とても心地のいいことだ。
さらわれて傷つけられてたくさんいたい想いもしたけど、たくさんの人に大切にしてもらってるって感じられたことは、悪い事じゃなかったって思った。
口々に色々なことを言いながら、心配そうにしてくれる二人の話が止まるまでいつまでも聞き続けた。
怖い想いをしたことが忘れられるわけじゃないけど、少しでも気持ちを和らげてもらうためにも、子どもたちのこともめいっぱい可愛がってもらおうと思った。
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